私と君の出会い
葵には、いつか読みたいと思っている本があった。その本は、入学式の日にある生徒が持っていた本だった。彼は、掲示板の前の新入生の人だかりの中にいた。掲示板にはクラス表が張り出されていて、みんなそれを見て自分のクラスを確認していた。人ごみのうちの一人が彼にぶつかる。彼はカバンの中身を地面にまき散らしてしまった。その中に学校とは関係のなさそうな一冊の本があった。入学初日なら本よりもっと大切な事がありそうなものなのに、彼はその本を真っ先に拾い、念入りに汚れを払っていた。それほどに素晴らしい本なのだろうとかと思った葵は、その本の事がずっと頭の隅に残っていた。
もともと読書が好きだった葵は、書店に寄った際に例の本を探してみた事もあったが、結局同じものは見つからなかった。同じ作者の本をいくつか買い、読んだりもした。それらの本はどれもホラーやオカルトと呼ばれるジャンルのもので、きっかけがなければどれも生涯読むことはなかっただろうと思われた。しかし、一冊、また一冊と読んでいくうちに、葵はすっかりオカルトジャンルの虜になっていった。
葵が三年に進級した時、例の本の彼と同じクラスになった。しかも席が自分のすぐ後ろである。そこで名前を国分良太と言うらしいと知った。葵は心の中で良太に「素敵な世界を与えてくれてありがとう」と、二年越しのお礼を言った。
三年に進級してからしばらく経ったある日の事、とうとう葵は例の本を見つけた。それは登校前にふと立ち寄った、駅前の小さな本屋の棚に並んでいた。葵はその場で本を購入して、店の前で本をしまおうとカバンを開けた。すると、大事にしていたしおりが風にさらわれてしまった。仕方がないので、その日は今もらったレシートをしおり代わりにする事にした。
授業の合間の休み時間、葵は本を読み進めていき、昼休みにまた続きを読んでいると、後ろから良太の声がした。
「あっ、それ主人公が実は死んで――」
葵の世界を広げた人物は、今また新しい世界に潜ろうとしている葵を不意に引き戻した。驚いて葵が振り返ると、良太は「やってしまった」という顔をしていた。そんな良太の顔を見ていると、葵の中で、物語の結末を知ってしまった悲しさよりも、これから良太との間にまた自分の知らない物語が広がっているかもしれないという気持ちの方が強く湧き上がってきた。良太と初めて言葉を交わして、葵は新しい本を読み始めた時のようなドキドキとワクワクが混在した気分になった。
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