僕と君の出会い

 三年に進級した時、良太は初めて葵と同じクラスになった。クラスでの座席は出席番号順に決められ、出席番号十二番の良太が窓際から二列目の一番後ろ、出席番号十一番の葵がその一つ前の席だった。二人とも自分から人に話しかけたり、楽しげな会話を繰り広げる事が苦手で、休み時間は一人で本を読んだりして過ごした。

 それはある風の強い日の昼休みの事だった。良太は同じように一人で本を読む前の席の少女が、一体どんな本を好んでいるのかに興味を持った。葵が読んでいる本をそっと後ろから覗くと、見覚えのある見出しが良太の目に入った。

「あっ、それ主人公が実は死んで――」

 そこまで言って良太は口を閉じた。読んでいる本のオチを先に話す事はとてつもなく迷惑な行為だと気がついたからだ。自分の失言に焦る良太だったが、振り向いた葵の顔は、驚きはしたものの怒ってはいない様子だった。

「気にしないで。この本、読むの二回目だから」

 今まで後ろ姿ばかり見ていた少女が、今目の前にいて自分と向き合っている。良太は急に恥ずかしい気持ちになり、何と言葉を返せばいいのかわからなくなってしまった。その時、窓際にいた生徒が教室の窓を開けた。強い風が教室内に吹き込み、葵の長い黒髪を揺らした。同時に、葵が本のしおり代わりに使っていた一枚のレシートが風に舞い、良太の机の上に着地した。

「あれ? このレシートって」

 そこには今葵が読んでいた本の名前が書かれている。レシートの日付けは今日、時間は登校前のものだった。

「さっきその本読むのは二回目だって……」

 良太がそう言うと、葵は顔を赤らめて前を向いてしまった。

「僕に気を使ってくれたんだね。本当にごめん。それと……ありがとう」

 その日の放課後、良太は今まで読んだなかで一番面白いと思った本を買って帰り、翌日葵に昨日のお詫びとお礼だと言って渡した。

「……ごめんなさい。今度は本当に読んだ事がある本だわ」

 一瞬沈黙が流れた後、見事にかみ合わない事がおかしくなって、お互いに笑い出した。二人とも、異性の前で愛想笑い以外の笑顔を見せたのは初めてだった。

 それから、お互いに自分の好きな本を勧めあったりして休み時間を過ごすようになった。二人ともオカルト好きな事も発覚し、二人だけのオカルトサークルも結成した。二人の会話を耳にした花井も顧問としてサークルに加わり、二人は今までにないくらいに充実した学校生活を送っていた。




 良太は教室に続く廊下を歩きながら、葵との出会いとそれからの日々を思い出していた。あんなに輝いた日々を与えてくれた葵に、良太は心の底から感謝していたし、ずっと一緒にいたいと思っていた。もしもこっくりさんの怒りに触れて、このまま葵が一生戻ってこなかったらどうしようか。自分のせいで葵は十円玉から指を離したのだと思うと、良太の頭の中には悪いイメージしか浮かんでこなかった。

 教室に着いた良太は自分の席に座った。そこからの眺めを見ると、前の席にこちらを向いて座る葵の姿が思い出された。

「葵……君に読ませたい本がまだまだあるんだ。もっと話したい事があるんだ」

 葵の無事を祈る事しかできない良太は、今にも不安や情けなさに押しつぶされそうになっていた。

 良太の前には、葵と一緒にコックリさんを呼び出した時に使用した紙がそのまま残っていた。しかし、一つだけ状況が変わっていた。紙の上の十円玉が【はい】の上に乗っていたのだ。

「あれ? 誰か触ったのか?」

 良太が最後にこの紙を見た時、十円玉は鳥居の絵から数ミリ【いいえ】の方に動いた位置にあった。【はい】の方に動かなかった事を心苦しく思った良太だからこそ、見間違いや思い違いではないという自信があった。良太は、もしかしたら机がグラついて十円玉が滑ったのだろうかと一瞬考えたが、そこは良太の席でグラつきなどない事は知っているし、試しに今手で机の角を押しても机がガタリと音を立てる事はなかった。となると、他の可能性として考えられるのは風だろうか? そう思って良太は窓に目を向けた。窓からは、まるで液体が流れ込んでくるみたいに重い空気がダラダラと流れてくる。梅雨の空気に含まれた湿気は、空気自体を重くする。空気はカーテンを押しのけて、良太に嫌な湿気をまとわりつかせた。良太の視線が、空気に翻るカーテンに止まった。窓枠の上のレールから床まで伸びたカーテン。そのカーテンが翻った瞬間にできた床との隙間に、誰かの足が見える事に良太は気がついた。

「誰かいるのか?」

 良太はカーテンの向こうの人物に呼びかけた。

 

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