終章6 大神の霊威・禊祓え


 隕石を両断すると同時に何かを斬る感触があった。直後、空間が一直線に割れ、俺とクトゥルーを引き摺り込む。そして襲い来るあの浮遊感。またしても逢魔ヶ刻への落下の感覚によく似た現象。しかし、俺達が落下する場所は逢魔ヶ刻ではない。確信があった。何故ならばそこは――


 全てが白に埋め尽くされた場所。邪悪を許さぬ聖性が刃のように張り詰めた異空間。


「第三階梯・天津神あまつかみ……」


 最早誰かに問うまでもない。この尋常ならざる純度の祈り。正しく第三階梯・天津神に相違ない。

 そしてその祈りに満ち溢れたこの空間こそが、



『そうだ、この異界こそ神がいるべき“天界”であり――』

『――神が内包する宇宙。そして、世界を支える“柱”』

『さあ、』

『さあ、』


『『反撃の時間だ』』



 純白の地平を蹴り、クトゥルーの元へと一足飛びで駆け抜ける。

 クトゥルーはその大きな鱗の体の隙間からどす黒いタールの蛇を出現させる。ヒュドラとかいう龍の毒液でできた蛇だ。それも今度は目視で数えられるだけでも二十の頭を持ち、それでも半分にも満たない。先までならこれだけでも絶望的な光景だった。だが、黒炎による壁を作り上げることで腐毒の濁流から身を護る。先の激突では攻め破られそうになった黒炎の盾。しかし、第三階梯となったことで莫大な呪力と余りにも純度の高い、深い祈りを手に入れた今ならば、


「――押し返す!!」


 黒炎の出力をさらに引き上げ、分解の黒炎ごとヒュドラの腐毒をクトゥルーに向かって叩き返す。が、クトゥルーは前面に巨大な蓮の花を咲かせ、盾のように用いてそれを瀬戸際で防いで見せた。



『創世の蓮……アナンタの力まで取り込んでいたか』

「問題ない、想定内だ――」


 第三階梯に至った祈り。この力の使い方は本能が教えてくれている。さあ、!!


 命じられるがままに界が揺らぎ、純白の天空から閃光の刃が雨霰あめあられと降り注ぐ。クトゥルーは断末魔の如き金切り声を一際高く上げて白妙の大地に沈む。切断、分解に続く我が祈りの側面。邪悪の存在を許さぬ聖性の源泉――“破魔”の力。邪竜には効くだろうよ。



「これが第三階梯至ったものだけが有する天界と権能という訳かい。深凪悠雅みなぎゆうが。君も御陵幸史みささぎゆきひとと同じの仲間入りだ」



 キザイアが拍手しながらその神威を讃える。


「残念だったな。お前の目論見はこれで御破算だ」

「いや、そうでもないよ。目の前で新たなる第三階梯の誕生を目の当たりにできたんだ。実に貴重な体験だ。楽しかったよ」

「そうか、楽しい人生だったようで何より。辞世の句を詠む準備はできたかよ魔女」

「ははは、もう私を殺す気かい? 気が早いなあ。舐められているよ、邪神殿」

『悠雅――!!』


 アマ公の怒鳴り声と共に、背中に殺気が突き刺さって振り返ればクトゥルーはばかりと口を開いて灼熱の火炎を吐き出した。それを黒炎の盾で受け止める。後一秒でも振り返るのが遅れていたら黒焦げにされていたところだ。

 しかし、危機はまだ過ぎ去ってくれていなかった。紅蓮の焔が徐々に青白く色を変えながらその温度を上げ始めたのだ。青く燃ゆる炎は更に眩く光り輝き、雷となって黒炎の盾を削りだした。



『何という力だ。悠雅、このままでは破られるぞ!!』

「わかってる!!」


 黒炎の盾が削り破られる前に破魔の剣でその命を摘み取るべく界へと命じる。邪悪なる者を討てと。閃光の剣をよろず十万とよろず百万もよろずでもこと足りぬ。千万ちよろずにてその数は満たされる。それらがすべて邪竜の巨体に突き刺さる。その様はさながら剣山であるが、邪竜は息絶えることなく雷光の息を吐きかけ続ける。


 恐るべき生命力に舌を巻かされる。このくらいでは死なぬ、とそう訴えているかのようだ。



 ……そうだな。これでは失礼か。やはり手ずから斬り伏せねばならんよな――。



 雷光の吐息が黒炎の盾を突き破る。その瞬間に合わせて天之尾羽張とバルザイの偃月刀を振りぬく。斬る。真っ二つに。

 宗一の炎もアナスタシアの雷も正面から斬ってきた。斬り払えぬ道理はない。ここから距離を詰めて、仕留める――!!


 音を容易く超える速度で邪竜へと肉薄して神器を振り被る。しかし、邪竜は六対もの翼をはためかせ、天空へと舞い上がることで斬撃を回避する。その上で大量の呪方陣を展開する。

 千の呪術。雨霰。天空からの脅威が今度は俺の頭上へと降り注いだ。


「な、めるなよ……!!」


 落下する破壊の雨。それらを神剣と魔剣の両の刃にて全て切り伏せる。


 そうしながら俺はこの攻防の激しさに目を瞠っていた。有体に言って台風と津波と言った天災同士の激突にすら感じられる。そこに策を弄することや罠を張るといった行為は無意味。純粋に力と力の比べ合い。正しく神話的激突。これが外の世界で行われた時、確実にすべてが灰塵に帰すだろう。


 これが第三階梯。これが天津神。大戦争の戦局を個人で傾けるほどの力を持つ者。爺さんとドミトリーが激突した時、彼らが祈りを晒さなかった理由を改めて理解する。


 そうしながら、破魔の剣を邪竜に差し向ける。だがあまりの速度で飛行しているのかそれは一本たりとも直撃しない。

 ならば、と黒炎で飛翔を開始する。空が安全圏だと思って呑気にバカスカ攻撃を撃ち出してくれている蛇野郎を叩き落とすために。


 邪竜は恐るべき速度で飛行しながら後方についた俺目掛け、再度呪術の猛攻を開始する。これを破魔の刃と黒炎の盾で防ぎながら更に速度を捻りだす。


 ゆらゆらと高速旋回に靡かせる八つの尾の一つにしがみつく。邪竜は俺を振り落とすべくもんどりうつ。イタカの時にも似たような展開があった。だが、山ほどの巨体を持つ邪竜のそれはイタカのそれとは比べ物にならない。必死に捕まっているだけでも全身の筋肉が断裂していく。筋肉断裂くらいならばすぐに再生する。問題は先の九頭龍に開けられた腹の穴。


 ぶちり。次いでまた、ぶちり。激痛と共に嫌な音が体中に響き渡る。このままでは、半身が千切れる。一度離れるしかないらしい。だが、その前に――


「尾、一本。貰っていくぞ……!!」


 邪竜の尾の一本、根元から切り裂く。落下しながら俺は邪竜の悲鳴を聞いた。どす黒い血が止めどなく降り注ぐのを見上げながら。邪竜の飛行速度が落ちたことに気づく。今ならば破魔の剣が当たるはずだ。


「落ちろ――」


 破魔の剣の雨が再度邪竜を襲う。苦しむ声は聞こえるものの、十二枚の翼は依然として羽ばたいて、邪竜が落下する気配はない。破魔の剣の雨では軽すぎるのだ。もっと、重い一撃が必要だ。


 祈れ。この超深度の祈りをさらに、深く、深く研ぎ澄ませろ。あの邪竜を撃ち落とす力を願い祈るのだ。


 純白の空に一閃、亀裂が走る。その奥から無数の光のきざはしと共に巨大な刃が出現させる。


 破魔の一閃。堕天の空を創造する。



「落ちろ――!!」


 遥か高くから迫りくる暴威に邪竜は再度加速を始めるもその判断は遅かった。巨大な閃光の剣が邪竜の背中目掛け放たれる。

  

 

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