終章2 水の王
痛みが、走る。
腹部に突き刺さる赤い剣。それが俺とアレクセイの体を貫いていた。死角から放たれた凶刃。完全に不意を打たれてしまった形になった。
「きちんと仕事は熟してくれないと困りますよ、アレクセイ殿下」
「きざ、いあ……」
かすれた声で、背後のキザイアを咎めるアレクセイの口から血の塊が零れた。アナスタシアと瑞乃の悲鳴が聞こえて、同時に天之尾羽張を喚び出しキザイアに向かって斬撃を振り下ろす。されどその刃は空を切る。そこにキザイアの影は無く、また俺達を貫いていた深紅の剣も失せていた。
深紅の剣を支えにしていたアレクセイが崩れ落ちるのを抱き留め、キザイアを睨む。彼女は笑みを浮かべながら祭壇の中心、この界を封じ込めている神器の元へと移動していた。
普通に考えて有り得ない移動速度。次元跳躍術式とか言っていたか? あれは瞬間移動も可能にする力なのか。
「手前ェ……首を掻っ切られる覚悟はできてるんだろうなぁっ……!!」
「ああ、怖いなあ。
そう宣いつつも女は能面を張り付けたみたいに薄ら笑いを全く崩すこと無く。
「荒事は苦手でねぇ……私は一介の魔術師に過ぎないんだ。だから――」
キザイアは祭壇に突き刺さった剣の、その刀身に深紅の剣を擦り付ける。さながら弦楽器を弾くように。
「――獣の魔力を以って現界なさい」
悍ましき神威が溢れだす。そこに一つ、人影が現れる。
出で立ちからその子が決して低い身分の子供ではないことは容易に想像がついた。とはいえ、それが既に人ではないことはわかっている。奴から人の気配を感じない。邪悪な神威が、人のふりをしている、そんな感覚。
「今ぞ知る
突き刺さった剣と深紅の剣を握るその子供は得も言われぬ声音で、歌を詠むと蛙の様に丸い目で俺に視線を叩きつけて、
――我は星辰の待ち人
――我は王冠を戴く者
――我は剣を担い手
――我は原初の海
――我は封印を開くもの
「――旧支配者“
邪悪なる神威は水として物理的な力を得ると文字通り、津波となって襲い来る。咄嗟にアレクセイを抱え込むも恐るべき水流と水圧によって身体のあちこちを打ち付けながら俺達は尖塔の外へと押し流された。
大量の水が肺に入り込んだ。
立ち上がって辺りに視線を飛ばす。すると瓦礫の影から瑞乃を負ぶったアナスタシアの姿が出てきた。
「アリョーシャは……!?」
「今探してる。瑞乃は?」
「意識を失ってるだけ。しばらくしたら目を覚ますと思う」
「そうか、良かった……」
これでアレクセイの捜索に注力できる。
そうして水浸しになった奇妙な建物が立ち並ぶ街並みを見渡す。水の勢いは凄まじかったが水の範囲はさほど広くなく、遠くまで流されてはいないはずだ。
「……これは」
瓦礫の山の一つに黒くユラユラと揺れる帽子を発見する。軍帽だ。
何か、嫌な予感がして瓦礫を押しのける。するとその下にはアレクセイが力なく横たわっていた。
瓦礫の中から引きずり出すも意識はなく出血と唇の青さが目立った。それに何より、呼吸が止まっている。
「アリョーシャ!?」
アナスタシアがボロボロになったアレクセイを見てまた大粒の涙を流し始める。アレクセイの名を弱々しく呼びながら。
当たり前だ。血を分けた家族が死にかけているんだから動揺だってする。
だけど、今はこいつの力だけが頼りなんだ。
「諦めるにはまだ早いぞ。死にかけだった俺をお前は救ってくれた。お前ならできる!!」
「……うん……!!」
涙を拭いて、黄金色の祈りを彼女は発露する。やはり彼女の祈りはこの美しい光であるべきだよな。
だが、これだけではダメらしい。傷は修復出来ても呼吸も意識も戻らない。
こういう時の対処法は軍学校時代に教えられた。口から空気を送り込んで胸部を圧迫するんだったはずだ。
『その前に顎を上げさせろ。気道を確保するのだ』
アマ公の助言に従い、顎を上げて空気を送り込む。さらにそこから胸部の圧迫。
「アリョーシャ!! お願い、目を覚まして!!」
「馬鹿野郎!! 野郎に接吻させたんだぞテメエ!! ここで死んだらぶっとすぞ!!」
非常に拙い。かりかりと彼の指の爪が地面を小刻みに引っ掻いていた。大量出血で
「まだ傷は塞がらないのか!?」
「アンタの体と一緒にしないでよ!? ……まだ時間が掛かるわ」
現人神にしろ
「っんご、ごぶっ……!!」
五度目の人工呼吸を終えると血交じりの水を吐き出した。呼吸は戻った。だが、出血がまだ酷いし痙攣も収まっていない。まだまだ、予断を許さない。されど俺ができることはもう無い。アナスタシア頼みだ。
「かかさま、ととさま……」
からん、ころん。下駄が石畳を叩いて、幽鬼か何かみたいに左右に揺れて小さな子供が、その両手に二振りの剣をぶら下げて。片や俺とアレクセイを串刺しにした深紅の剣。片や奴自身を封じ込めていた神器。
『
アマ公が呟くように零す。天叢雲剣、皇国の武力を象徴する神剣。これ程のものを使わなければならないほど、この国が抱えてきた
「ゆ、うが……にげよう……」
「気が付いたか」
意識を取り戻したアレクセイが俺の軍靴を弱弱しく握りしめた。
「アリョーシャ、動いちゃダメ……!!」
「ゆうがに戦わせたら、ダメなんだよ……バカ姉……!! あの怪物は……今までのとは比較にならない……皇都そのものを一瞬で叩き潰せるんだ」
「どうしてそんなものを――」
「今問答してる
興奮気味のアナスタシアを制しながら改めて、天之尾羽張を握りしめる。
「アナスタシア。二人を連れてここを離れろ」
「悠雅を一人残せって? 馬鹿言わないでよ。アリョーシャが今言ったことを聞いてなかったの!?」
「聞いてたよ。だからますますこいつをここで仕留めなきゃいけない」
皇都を一瞬で叩き潰すだと? そんなことさせるものかよ。ああ、こいつは絶対に外には出させない。
「……アンタは、そういうやつだもんね」
「よくわかってるじゃないか」
これは性分なんだ。多分、生涯曲がることは無いだろう。英雄になりたい。幼少の
「――悠雅はバカだ」
「ああ、知ってる」
「僕が、何のために……ここまでしてきたとおもってるんだよ……」
「悪かったな、聞き分けの無いダチ公でよ」
背中向ける。こんな俺なんかを慮ってくれた友誼に。なんて人でなしなんだろうな、俺は。だが、それでも。
「行くぞ、
それでも俺は立ち向かわずにはいられない。
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