第三章11 空より落ちる黒の星ーチェルノヴイリ・アポカーリプシスー


「いつまでベラベラ喋ってんのさ」



 ――瞬間、地鳴りを気取り、飛び退く。するとそこから無数の円錐形の金属柱が床板を突き破って剣山か何かみたいにそびえ立った。悠雅が言っていた、物質変換の祈り。



「ああ、本当にガタガタ喧しいなあ。そいつに何を言ったって無駄なんだよ瑞乃。こいつは結局、自分のことしか見えてない。悠雅の為と嘯きながら自分のためでしか行動できない」

「そんなこと……」

「あるでしょう? 無いとは言わせない」



 否定できなかった。事実、私はすべて承知した上でヴァチカンの招聘に応じた。そうして、処刑を免れた。今だって、私が罰を受けた後のことを――悠雅がその後、何を考えるか、何をするかをまるで考えずに。先ほど瑞乃に対して偉そうに語っておいて、私は彼女と同じ間違いを犯そうとしている。


 でも、だけど、



「嫌だと思うなら選択してください。今ここで」

「え……?」

悠雅さんいまへの愛を取るのか、家族かこへの愛を取るのかを」



 余りにも……余りにも残酷な選択だった。


 私に悠雅と家族のどちらかを決めろって? そんなの決められるはずがない。だって、どっちも大切なのよ? どっちへの愛は重いのよ? なのに、瑞乃は目を逸らしてくれない。今すぐここで決めろと目が訴えてる。


 ずっと何気なく考えていた私の理想。家族への贖罪を命に変えてもやり通して、英雄になった悠雅と結婚して、子供を作って、笑って死ぬ事。


 予想していた筈なのに。家族に、アリョーシャにと言われることを。


 今になってようやく理解した自身の願いの矛盾。どちらも取ろうとすれば私はたちまちすべてを取りこぼす。そんなの嫌だ。手離したくない。


 家族への愛も、悠雅への愛も。


 だけど、



「決めてください。今を生きて未来に繋ぐか、過去に振り返って生き続けるか」

「私は――」


 私はダメな人間だ。みんなに誠実でありたい筈なのに、誰かに対しては背を向けなければならない。思う様にいかない現実に歯噛みする。



「――死んで逃げようとするな!!」



 瑞乃の張り裂けるような叫び声が聞こえた。



「貴女、私に言いましたよね? 『生き恥晒して生き残れるなら晒すのが賢明よ』って。だったら貴女も晒すべきです!! 生き恥晒して、家族に許してもらう道を探すべきです!! だから――楽な道に逃げるな!!」



 真っ直ぐ、矢みたいにその眼差し、私を射抜いて。とくん、心臓がやけに大きく鼓動した。

 その嚆矢こうしは私の心の中で波打つ罰を受けようという意思とは別の色をした波紋を作る。その波紋はやがて大きく、波濤となって心を呑む。


「……そっか、私、逃げようとしてたんだ」


 それは、誠実じゃない。家族にも、悠雅にも。それなら、前を向かないといけない。向かい合わないといけない。私の罪と。アリョーシャと。


 鞘からクォデネンツを引き抜く。向き合おうとして逆に顔を背けていた自分を切り捨てるように。


「……ごめんなさい、瑞乃。考え方が甘かったのは私の方だったわ」

「本当ですよ。次腑抜けたことを言うようなら貰いますよ……文字通り」



 言ってくれる。だけど、それでいい。その方が、私もやる気になれる。



「――瑞乃も優しいなあ。そんな奴に塩を送っちゃってさ。でもまあ、いっか。やる気になってもらわないと、張り合いが出ない」

「殺し合いはしない。だけど、貴方が許してくれるように、私は戦う」

「何それ? 意味わかんないんだけど?」

「わからなくてもいいよ。いつかわかってくれる日がくるって信じてる」


 その日を探すために、私は剣を執る。



「そんな日は来ないよ。姉さんはここで死ぬんだから」



 剣を掲げて詠唱アリアを唄い始める。だけど、先までとは雲泥の魔力放出量。



「炎と血が地上と海を深紅で埋め尽くす。空を見上げよ。ニガヨモギの落下を皮切りに、天に輝く星々が正される。真なる星辰へと正される」



 そうか、今までは手を抜いていたわけね。でもここからは本気で私を殺す為に全霊をかけくる。



「蟲のおうが群を成して空を埋め尽くす。邪悪なる神々を仰ぎ見よ。深紅の海より獣が這い上がる。さあ、ラッパを吹き上げよ。最後の審判を礼讃するがいい」



 即ち、第二階梯の祈り……!!



「――Ain Soph“空より落ちる黒の星チェルノヴイリ・アポカーリプシス”」



 血液のように赤かった剣はクォデネンツのように純白に包まれる。強烈な邪性を秘めていたというのになんなのあの聖性は?

 先まで魔剣のそれであったけど、今は最早聖剣と言えるほどの神聖さを感じる。



「自分が智天使ケルヴィムに至ってるからって勝てると思ってなかった? だったら浅はかだよ。僕の絶望を舐めるなよ」



 アリョーシャは笑みを浮かべて。でも、先ほどまで浮かべていたものとは少し質が違うように見える。どう違うのかと言われると言葉に窮するけど、しいて言えば……機嫌が良くなった、みたいな。


何を思って機嫌を良くしたのかはわからない。だけど、私はアリョーシャの想いを受け止める。その殺意も、憎悪も、絶望も――。



「――“咎人の塩柱ネツィブ・メラハ”」



 瞬間、真白い閃光が迸った。咄嗟の判断で真横に思い切り飛び込む事でそれを回避したもののその直後、斜め後方より真白い爆風が巻き起こる。


 衝撃波によって私の体は宙を舞い、勢い良く地べたを転がった。瓦礫の棘が肩や背中、至る所に突き刺さって痛い。だけど、それどころでは無かった。真白い爆煙に巻かれた私はその白さの理由を思い知っていたから。


「しょっぱい……?」


 最初の感想は意外なものだった。慣れ親しんだ味覚への刺激。そして、強まる潮の香り。元々潮の香りが強い場所だったけど更に強まった気がする。という事はやはりこれは――塩。


「僕からも塩を送ってやるよ。まあ、瑞乃からのと違って僕からの塩はアンタを殺すためのものだけどね。ほら、咎を負った妻には裁きの光が必要だろう?」

「……Pillar of Lot's wifeピラー オブ ロトズ ワイフ……」


 旧約聖書にて炎と酸の雨に見舞われたソドムから逃れ出るロトの妻。彼女は主から下った‟振り返ってはいけない”という命に背き塩の柱となった。それになぞらえた一撃。


 罪人わたしを裁く光。


 アリョーシャは私を許さない。それでいい。私は貴方の怒りを一身に受けに来たのだから。だけど、ただ受けるだけではダメ。だから――




 

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