第二章15 鋼の巨兵

 機械剣の刃が甲高い奇声をあげて高速回転を始め、辺りの空気を撹拌かくはんしながら、ゆっくりと近づいてくる。


「邪神……邪神か。言ってくれるな。だがそうだな、そうなんだろうな。お前らにとって俺達は邪神なんだろう」


 欧州に広く根付く基督キリストの教え。かの宗教は一神教というただ一つの神を仰ぎひれ伏す教えである。万物に神が宿るという八百万の教えなどのだろう。


 別に俺自身神だと思ったことなど微塵も無いが、気持ちが悪いと言われて素直に道を譲るほど俺は易しくない。


 振るわれる回転刃。逆胴に狙いを定めたそれを黒炎の盾で防ぐ。高速で回転する無数の刃、その一つ一つに何らかの術式が刻み込まれているらしい。分解の炎を前にして一切砕けることなく、むしろ盾を削り続けていた。


 これでは数秒ともたない。その前にたたっ斬ってやる。

 十拳の祝を振り上げ、正面から両断する。だがその刹那、武者は腰部を一回転させて黒炎の盾を避け、逆胴から胴へと狙いを定めて機械剣で一気に薙ぎ払ってきた。


「っぎぃっ――!!」


 両断するはずだった十拳の祝の軌道を強引に切り替え、機械剣を受け止める。その瞬間、足元に火花が滝の如く降り注いだ。

 生物を相手にしているわけではないのだ。骨格を当てしてはいけない。警戒を怠ってはならない。緩慢無く、苛烈に剣を振るえ。


 長銃の銃口が鎌首をもたげる。これほどの至近距離で放たれれば絶命必死。弾丸放つ前に武者の胴体を蹴り飛ばすが、機械剣を押さえ込みながらだったおかげで僅かに対応が遅れる。


 発火炎に視界の端が焼かれ、血が飛沫が舞った。直撃は避けられたが脇腹を掠めたらしい。零れ落ちる真紅の血液が足元に絨毯を作った。

 あの変幻自在の骨格と関節は脅威だ。まともに近接格闘に持ち込めばこちらがられかねない。以前までなら手詰まりだった。しかし、今の俺は国津神だ。


 祈りを極限まで編み上げ、黒炎を出力。それを武者に叩きつける。しかし、武者はビクともしていなかった。国津神の祈りだというのにも関わらず。


「なんなんだ……あれは」


 思わず呻いてしまった。逢魔ヶ刻に潜む旧支配者でもないのに、目の前の怪物は黒い炎をものともせずに悠然と立ち上がった。

 国津神とやり合える兵器が存在するんなら今頃世界中で話題になっているはずだろう?


『――連中は恐らく“無貌”から力を借りているのだろう』


 憎々しげに語るアマ公は目の前の武者に抱いた俺の疑問に対する答えを語る。

 そもそも目の前の兵器は現状、人類には作り出せない代物らしい。あれには未知の技術がこれでもかと詰め込まれており、また未知の物質も使用されているのだとか。何故そんな事がわかるのかを問えば『奴ならそうする』と言われてしまう。意味がわからない。


 人類がこれと同じものを作り出すには後二、三百年かかるという。そんなものをなぜ彼らが所持しているかはアマ公曰く、答えは一つしかない。


『禍津神。無貌“ナイアルラトテップ”。そいつが齎したのだ』


 聞いたこともない名前だった。神、という括りならば外つ国の神性なのだろう。しかし、その名が有する邪性にどうしようもなく皮膚が泡立つ感覚を覚える。嫌悪感とか違和感とか恐怖が入り交じった、そういうの。


 武者の攻撃を捌きつつ、俺はさらに相棒の言葉に耳を傾ける。今、俺が対峙しているのはその“ないあるらとてっぷ”とかいう禍津神の宿り木とも言えるものらしい。あの兵器に詰め込まれた機器にさる数式を入力するとあれは本来の意義を取り戻す。彼等はそれを敢えてせず、自分達の手足として使い潰しているらしい。――とのことだが俺にはさっぱりだった。体も無いのにどうやってこの兵器の作り方を教えるというのだ。


 大体、自分の体を好き勝手に弄り回されているのになぜ協力している? 怒るだろう、普通。


『奴にその手の感情はない。奴は最初からこの世の理から外れた化け物だ。人間の情緒なんぞハナから持ち合わせておらん』


 なるほど、そのナイアルラトテップとかいう禍津神はそういう事に頓着しないのか。


『それより集中しろ。あの兵器は何を隠し持っているかわからん。気を付けろ』

「わかった」


 とかくあれは危険なものだ。今はそれだけ頭に入れればいい。改めて敵の危険度を再認識し、切り掛る。


 黒い炎が通用しない以上どれ程の鬼門でも俺は近接格闘を迫られる。しかし、単純に切りかかれば返り討ちに遭いかねない。ならば、速力で撹乱して、隙を衝く。


 そう判断して、全速力で辺りを駆け回る。武者の緑の眼光は忙しなく俺を追うべく動いているが完全に捉えきれていないようであった。それを証拠に足取りはふらつき、機械剣も長銃も獲物を見失って踊っている。叩くならここだ。


 回り込むように大外から武者の背後を取る。



「殺った――」



 両断すべく一気呵成に斬撃を叩き込む。が、それは叶わなかった。なぜなら、長銃を構えていた左腕がぐにゃりとあらぬ方向へ――背後を取ったはずの俺の眉間に銃口を突き付けていたからだ。

 全身の毛穴が開き、総毛立つ。



 ――拙いやばい死ぬ。



 語彙力もへったくれもない言葉を内心吐露してその銃身を左手で鷲掴んで力任せにその照準をずらす。直後、弾丸は放たれ、足元で爆風が轟く。同時に俺はその衝撃で吹き飛ぶ。

 更にそこに追い打ちをかけるように無数の焼夷弾が放たれた。背中の弾薬庫から放たれたそれは鼻を刺す火薬と燃料の酷い臭いを撒き散らしながら着火、炸裂した。一体いくつ武装を持ち歩いてんだ、この野郎。


 鼻が曲がる。本当に酷い臭いだ。宗一の炎を見習って出直してきてもらいたいと思ってしまう程に。

 燃え上がる業火を黒炎を以って焼き尽くす。そうしている内に武者がこちらに向かってあの長銃を向けた。ばっくりと口を開けた怪物みたいな銃火器。真っ黒い地獄の穴のような銃口。


 今度は避けられぬ。次に行動を取る前に既に発火炎が瞬き弾丸が放たれていたのだから。

 斬るしかない、そう思った。なぜここまであの弾丸を頑なに黒炎で防いでこなかったのか、それはあの弾丸を黒炎が防ぐことはできないという確信があったから。以前の激突で辛くも防いだが、あれはダメだと体が警鐘ひたすら鳴らしているのだ。試す前から諦めるのは性に合わないがどうしようもなく本能があの弾丸を忌避している。


 第一、衝撃波が掠っただけで脇腹の一部を食いちぎってくれたのだ。直撃すれば五体満足ではいられないだろう。最悪木っ端微塵だ。ならば――



「――斬るぞ」

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