第二章16 廃人
俺は剣だ。ならば剣らしく正面から切り伏せてやろう。
十拳の祝を蜻蛉に構え、一気に振り下ろす。十拳の黒刃と呪殺の弾丸が激突する。先ずあったのは驚愕だ。たかが弾丸如きと高をくくっていたのもあるが、この弾丸、想像以上に硬い。祈りでも込められてるみたいに切り破れない。
そうして飛来する弾丸の処理に悪戦苦闘していると真横から回転刃が唸りを上げる音。武者が機械剣を振り上げて飛びかかる様が視界に飛び込んでくる。
悪態を吐きそうになる己を抑え込み、黒炎で受け止めるべく硬質化を始める。ああ、しかし、間に合わない。盾を生成する前にあの回転刃は俺を両断するだろう。万事休すか、そう思ったのも束の間。
悲鳴と共に爆音が轟き、武者が明後日の方向へと吹き飛んだ。さらに青白い閃光が視界を焼いて、熱風が吹きすさぶ。
これは、アナスタシアの雷撃と瑞乃の砲撃か? 助かった。だが、まずい。あれは彼女らが戦っていい代物じゃない。男だから守るとか、女だから手を出すなとか、そういう思想云々以前にあれは国津神を殺すために作られた怪物に他ならない。
たった今、殺されそうになった己を棚上げしているのは重々承知している。だが、国津神であるこの身が殺害されそうになったという事実があるのだ。現人神では殺される。
案の定、武者は標的を俺から彼女らへと移し替えてしまった。
黒炎をものともしない装甲だ。今の一撃を食らっても傷一つついていない。やつの脅威度としてはあの二人は大したことはないはず。……だが、戦略として弱いものから叩くのは定石だ。多対一なら尚更に。
行かせない。その一心で弾丸を切り払い、武者へと肉薄を果たす。一瞬俺から遠ざかった殺気、その空隙を逃してなるものかと背後から刃を振る。
だが、この武者。後ろにも目があるのか、即座に回避行動をとって見せた。武者は小銃で弾幕をばら撒いて、ぐるりと反転して距離をとった。
逃すものかよ。
黒炎の衣から勢いよく黒炎を噴射させて一気に加速。
「――そ こ だ あああぁぁぁぁぁっっっ!!」
十拳の祝の刃が武者の両足を捉え、切断する。両の足を失い、武者は派手に転がり床に激突した。
その隙を見逃してなどやらない。両腕を切断し、達磨にしてやる。
荒い呼吸のまま、達磨になった武者の上に立つ。脇腹の激痛がここに来て頂点に達した。興奮状態だと痛覚が和らぐと聞いたことがある。恐らく今まで問題なく動けていたのはそれのお陰であろう。
ぶっ倒れる前にトドメを刺さなければ。
「―――い―――――ぐ――る―――い」
一瞬、声が聞こえた気がする。それも、自分が今足蹴にしている武者の中から。試しに武者の腹を浅く切ってやれば、その声が、くぐもっているものの、確かにはっきり聞こえてくる。
何か、“ふんぐるい、ふんぐるい”と訳の分からない言葉をぼそぼそと。腹を切り取ってやると見覚えのある明るい赤毛が目立つ白人がどこぞかを眺めながら不思議な言葉を呟いていた。
「――ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
なんだろうか、この言葉は?
やけにその言葉は頭の中に響いて、脳味噌を蕩けさせる感覚がある。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
同時に怖気もあって、衝動的に全身を掻きむしりたくなってくる。この言葉は危険だ。頭ではそう理解しているにも拘わらず、なんでか口ずさみたくなる。
「hu……fu、ふん、ふんぐるい……」
勝手に口が動いてしまう。唱えたくない、唱えてはいけない。そう考えている筈なのに。俺の体は得体の知れぬ何者かに操られるみたいに同じ言葉を唱え始める。
そこに一つの衝撃が走る。
『――悠雅、意識をちゃんと持て。持っていかれるな』
相棒は俺の顎を呪力の弾で打ち据える事で正気を取り戻してくれたらしい。
『その
「なんなんだ、この呪は?」
『……奉納しておるのだ。水底に沈む禍津神へ』
「ほう、のう……?」
よくわからなかった。しかし、アマ公はそれ以上語る事は無く黙り込んでしまう。
一先ずこの赤毛の男を引き摺り出す。首根っこを掴み、強引に放り出す。男は意識があるんだかないんだか、ひたすらその呪を唱えながら床を転がった。それなりに強かに顔を床に打ち付けたというのに、一切悶えもしないで。
「ジェレ、ヴェンコ……? ジェレヴェンコ!! ジェリー!!」
アナスタシアが叫んだその名を耳にしてふと思い出す。確か、かつて皇太子アレクセイの友人で、今は露西亜帝国軍残党の首魁をしているとか言ってたか。
首領がこんなやつなのか? 見るからに頭おかしくなってるじゃねえか。
「ねえ、ちょっと!! もう、どうしちゃったの!?」
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
ジェレヴェンコとかいう男はアナスタシアの言葉など一切耳に入っていないようで池から打ち上げられた魚みたいにぱくぱくと、目を見開いて呪文を唱え続けていた。
『無駄だ、北方の皇姫。そいつはもう、壊れている』
「壊れてるって……」
アマ公は畳み掛けるように告げる。
『そやつは魂を禍津神に売り払ったのだ。精神の弱い人間だったのだろう。……いや、それを責められるべきではないか。信仰とは古来より人の脆弱な精神を補強する為にあるものだからな』
祈祷やお祓いなどの儀式もそこから起因する物らしい。かつてはそうして人々の祈りを受けて神格が動いていたのだとか。俺達が振う力を“祈り”と呼称するのもそこから来ているようだ。
てっきり俺達自身が願い祈ったものだから祈りと呼んでいるのだと思っていた。
『それも多少あるが、冷静になって考えろ。神が祈るなんておかしいだろう?』
「……確かに」
話が逸れた。今はジェレヴェンコの事だ。正気に戻せるのなら連れ帰って絞り上げたい所だが、アマ公の先ほどの物言いから察するにこいつを元に戻す方法はないようだ。
とはいえ、無抵抗の人間の命を絶つのはどうしようもなく憚られる。大体、こいつは何でこんなことになってるんだ? 首領ならば頭が使えないと使い物にならない筈だ。
「……ひょっとして銀の黄昏教団とかいう連中のせい?」
「恐らくそうだと思いますよ」
ぼそりと零した俺の言葉を拾った瑞乃は自己の考察を語る。
銀の黄昏教団というのは何かを奉じ、また復活させようとしている集団だ。彼らが復活を目論んでいる禍津神は信奉者の精神をおかしくする力をもっているらしい。
「ないあるらとてっぷ? とかいうやつか?」
「ごめんなさい。流石に名称までは……外つ国の禍津神の事までは把握しきれていなくて」
「いや、俺もあれこれ人に聞きすぎだった」
もっと学ばないといけないな、と小さくごちた所で背後に気配を感じて振り返った。
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