第二章14 激突
「—————、」
意識に空隙があった。喉がどうしようもなく乾いて、張り付いて、呼吸ができていないことにすら気づけなかった。
余りにも濃密過ぎる邪悪な神威。それが雪崩の如く押し寄せたのだ。それもイタカやあの双子の禍津神を遥かに超えるほどの。
その源泉を辿る為に辺りを見回す。天井から吊るされたガス灯が煌々と照らす倉庫内は倉庫と言うには余りにも物が少なく、ほとんどが何某かの機器類だった。
その中の一画に人だかりができあがっていた。黒衣の男が十人ほど。彼らが揃って取り囲む中心には何かの液体が満たされた硝子の箱が見える。その中にある、深紅の……あれは、剣であろうか? それがとてつもない濃度の邪気を濁流の如く垂れ流していた。
あれはダメだ。あれは破壊しなければ。
「Who the fuck are you――!?」
「Guard the “
騒音を聞きつけた黒衣の男たちが一斉に振り返り、呪符や式杖を手にして一斉に呪力を励起させ始める。
「あの剣の回収は任せて――」
一足先に飛び出した光喜の言葉に頷き返し、柄を握り込む。
「ぶった斬る」
放たれる呪力の散弾を一閃し、術士を袈裟に切り裂く。同時に背後から紅蓮の業火が迫るのを視界の端に捉える。それを大きく反転することで回避。飛び退きながら見えるのは宗一のしかめる顔。
「くそ、すまない」
「気にすんな。だが、ほかの奴らのいる方向にはやるな」
「わかっている――!!」
宗一は首肯し、俱利伽羅剣を振りぬく。
「鋭く、細く、力強く。さりとて破壊を齎さず、薄く、貫く――!!」
直後、閃光が迸り、爆炎が立ち上る。術士が二人ほど吹き飛ぶ。俺とやり合った時に見せたあの閃光の一撃。だが、以前の様に毒気を孕んだ光ではない。不安定だが、清廉にして誠実な祈りの気配を感じた。
内心ほっとして、口の端を緩ませつつ、閃光を逃れた術士に十拳の祝の刃を振りぬく。呪力による障壁を張っているようだが、そんなもの関係ない。障壁ごと術士を切り――払う!!
男の胸に鮮やかな彼岸花が咲き乱れ、頬を濡らす。
後は何人だ? 確認しようとしたところで今度は耳を劈く様な爆音が轟いた。目を剥いてその音源に視線を向ければ瑞乃の背後から馬鹿でかい黒鉄の大筒が砲門を覗かせていた。砲門からは硝煙が燻り、刺す様な火薬の臭いが辺りに立ち込め、倉庫の壁には巨大な風穴が開いていた。
その一撃の余波で他の術士達は完全に伸びてしまっていた。
「はぁ、はぁ……」
ついでにとうの瑞乃も腰を抜かしてしまっていた。守ってくれるのはありがたいんだがやり過ぎだろう長門さん。
「丁度いい。気絶した連中ふん縛ってあの赤い剣を――」
そう提案しようとしたところで光喜がこちらの方へと吹き飛ばされてきた。それを受け止めつつ光喜を吹き飛ばした存在へと見遣ればそこには燕尾服を着込んだ背の低い男が深紅の剣を携えて硝子の箱の上から俺達を見下している。
その男には見覚えがあった。キザイア・メイスンが連れ歩いていた使い魔だ。名前は確か、そう――ブラウンとか言っていたか。
そいつは俺達を睥睨しながら何やらチリチリと音たててひとしきりせせら笑っうと長細い尾を叩き付けると大きく飛び上がった。
「――逃がしません!!」
背を向けたブラウンに藤ノ宮が声を張り上げる。彼女は異常なほどに響く拍手と共に薄紅色の呪符を宙に並べ、
「魔性を滅ぼす戦士よ、魔に弓引く武威をここに示せ――“
再度拍手。同時に四条の桃色の光が呪符から一直線に、一つは犬、一つは猿、一つは
[対極東式
つい先日遭遇した巨大な鎧武者がこの場に乱入を果たす。鎧武者が放った小銃(小銃と言っても俺達からすれば怪物みたいな大きさの銃だが)の弾丸が一つの内漏らしも無く薄紅色の英雄たちを撃ち貫いた。
唐突な闖入者の出現に誰もが騒然となる中、巨人の目と思しき緑色のランプが妖しく瞬いた。
[敵性存在の情報を照合中。クリア。対上位神格術式の使用を推奨――承認]
チクタクと不快な音に紛れ、重苦しい、金属が擦れ合う音共にひたすらに凶悪な黒の暴威が姿を現す。
[三〇mm・
完全に咄嗟の判断だった。黒炎の噴射によって己を弾丸の如く鉄の巨人へと叩き付ける事で強引に巨人の態勢を崩す。同時に自動砲の銃身を真上へと蹴り上げて照準をずらす。次の瞬間、天井に向かって砲身から弾丸が発射される。
弾丸は倉庫の天井など物ともせず、食い破るように空へと飛んで行った。
「呆けんな!! あの鼠野郎とっ捕まえろ!!」
武者を床に組み伏せながら俺は吼える。ブラウン・ジェンキンが瑞乃が空けた大穴から脱出していくのが見えていたからだ。すばしっこい奴の両足を切り落としてやりたくなったがこの巨人とやり合えるのは恐らく俺だけだ。
以前遭遇した時は強度修正がなんだとかで引いていったが今回は逃げる事も無く銃をぶっ放してきやがった。おまけに
「――式は!?」
「…………捕捉しました!!」
「よし、行くぞ二人とも!!」
藤ノ宮の先導の下、宗一、光喜が一気にその場から離脱する。その背中を目で追う間もなく巨人が俺を壁に向かって投げ飛ばしてくれた。後頭部に激痛が走り顔をしかめる。……想像以上に膂力もあるらしい。
「悠雅さん!!」
瑞乃の叫び声が聞こえた。まったく、この程度でどうこうなる体じゃないってんだ。だから、心配しないで見ていてくれ。
「アナスタシア、頼むぞ」
「わかってる。だからアンタも」
「大丈夫、死にゃしねえよ……!!」
凹んだ壁から抜け出して、改めて巨大な武者と対峙する。無機質な緑色の眼光がアナスタシアと瑞乃を舐め回すみたいに見つめている。……なるほど、今度は俺を殺す用意があるからとナメているな?
気に食わん。
傍に落ちていた、人の体ほどある瓦礫を奴の頭目掛けて思い切りぶん投げてやると奴は僅かによろけ、ぐるりとこちらに頭を向けた。緑色のランプからは一切の感情は読み取れない。されど、優先順位を切り替えるには至ったらしい。
ランプは連続して点滅して、俺をねめつける。やがて武者は怪物のような銃火器を片手に新たな兵器を武装する。
[対上位神格兵装【
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