終章7 国津神 対 智天使 二

 ――もし命懸けで戦って、負けて、それが致命的な結果を生んだとしたらどうするのか? その思いを自分に重ね合わせる。


 もし、

 もしも、俺がこの場で負けて、この国に未曾有の危機晒せばどうなるのか?


 利用されたアナスタシアは自刃する事を選ぶかもしれない。民は声高に怨嗟の声をあげるかもしれない。守ろうと誓った国が滅びるかもしれない。その時、俺はどうするのか?

 残っているのは無力な祈りと無様に敗北した己の身一つ。それと、ボロボロに擦り切れ、打ち捨てられた国の守護者としての誇りか。


 もし、

 もしも、手元に残ったものがそれだけだったなら……。



「…………そうか、」


 俺は改めて口にして、その思いを呑む。確かに、それならば俺は命を賭して戦わなければならない。

 俺は切り開く、その一念を刀身に込める。そうしながら一言、



「――死にたいんだな、お前」



「え?」

「…………、」


 アナスタシアの困惑した声を他所にウラジミールは少し驚いた様に目を丸くして少し呆けた顔をしていた。それまで不敵な笑みか、殺気の篭った鋭い眼光を走らせてばかりだった男が初めて見せた間抜けな顔。困惑し、入り乱れる心中の有様を表すかの如く瞳がゆらゆらと揺れている。やがて彼は口を手で覆って狂ったように笑い出した。


「――――ああ、そうか。そうだったのか」


 一通り笑った彼は笑い疲れ、息を切らした彼はどこか腑に落ちたみたいに目を細めた。


「この気持ちは、復讐心ではなかったか。……私は死に場所を探していたのか」

「計画の遂行よりも、俺と戦う事を優先した時点であんたは俺を死に場所にしたんだ」


 死ぬ。彼の願いはそれだ。それもただ死にたい訳では無い。互いに命を懸けた、誇り高い戦いの中で命を落としたいのだ。

 彼が守りたかった国はもう無い。彼の中に残されたものを思えば彼が戦場に遺して来たものを渡してやらねば余りにも不憫だ。


「来いよ、お前に引導を渡してやる」

「……そうだな。だが、私も殺すつもりでやるぞ」

「そうでなければ意味がない」


 そうしなければ彼の望む神聖な戦いにはならないから。

 結局の所、俺達がやる事は変わらない。互いに命を奪い合うべく己の全霊をかける。相手に己の強さを叩きつけ合う。


 人はきっとその行為を野蛮と非難するだろう。その通りだと思う。そもそもからして軍人なんてものは基本的に野蛮人だ。護国の為とはいえ本領は殺し合いなのだから仕方が無い。だが、野蛮人は野蛮人なりに戦いというものに感じ入るものがある。


 他者の命を摘み取る。ただ摘み取るだけなら単なる殺人鬼でしかない。軍人の殺人は誰かを守る為の殺人であらねばならない。

 だから、俺はこの国の民を守る為にこの男を殺す。アナスタシアを守る為にこの男を殺す。ウラジミール・アレンスキーを救う為にこの男を殺す――。


「シィッ――!!」

「ハァッ――!!」


 改めてウラジミールと激突する。風の祈りと切断の祈りが互いの存在を否定しあう。


「……死にたいって何よ、死んだら終わりなのよ……!?」


 アナスタシアは悲鳴を上げるように問う。


「死んだら家族に会えなくなるのよ? ……大好きだった人達に抱きしめる事も抱き締めてもらう事もできないのよ……?」


 普通の人間ならそう思うのだろうな、なんてどこか他人事みたいにアナスタシアの言葉を聞く。そもそもこんな気持ちを常人に理解しろという方がおかしい。俺達はどうしようもなく軍人であり戦士なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ人としてまっとうに生きていく事よりも、誰かと戦う道を選んだ。誰かを殺していく道を選んだ。そういう意味では、誰かを慮る事よりも他者を排除する道を選んだとも言える。守りたい何かの事よりも、殺したい何かに重きを置いているとも取れる訳だ。


 それでも、これは誰かが負わねばならない責務だ。暴虐はいつだって息を殺して国と無辜の民を虎視眈々と狙っているのだから。俺達の中の誰かが悲哀に喘いでいるのならばせめて介錯してやりたくなる。


 そうだ。これはある意味傷の舐め合いでもある。いつか自分がこうなるかもしれないと、相手に己を重ねて見ている。相手が救いを求めているから助けてやらねばと剣を握る。


 おぞましいな、とそう思う。それでもそれが俺たちなのだ。この男も、素直に剣を捨てて商人にでもなればこんな息苦しい生き方をしなくても済んだだろうに不器用にも剣を捨てられなかった。兵士である事をやめられなかった。


 だからこそ、引導を渡すのは俺でなければならない。こいつの戦争を終わらせてやれるのは今のこの場では俺だけなのだから。


 俺は吠える。天之尾羽張の黒い刀身からカラスが何羽も飛び立つように黒い炎が燃え上がった。鬼道発現、第一階梯の時とは比べ物にならない程の大きさで。


 第二階梯に至った事でようやくこの炎の本質が見えてきた。この炎はあくまでも俺の切断の祈りの付属品だ。だから熱くもないし、燃えもしない。この炎が齎すのはどうしようもなく暴力的なもの。俺の切断がどうやって行われているかを現していたのだ。


 先ほど石塊の強襲を防いだ時、確信した。この炎が齎すのは“分解”。それも一個の個体を塵に、或いはそれ以下にまで分解してしまう程の。


 本当に、物騒な力だ。自分以外の誰かを害する事しかできないような力を前に僅かばかり笑いながら天之尾羽張を振りかざす。

 黒い炎は大蛇か何かの様に地を這い進む。大蛇と違うのは大地を綺麗に抉り取りながら進む様か。


 ウラジミールも風の祈りを最大にまで膨れ上がらせ巨大な竜巻を作って見せた。大地を削り取り、瓦礫が高速で乱回転する竜巻の中は一度呑まれれば木っ端微塵に砕きぬくであろう暴威が見て取れる。さらにその竜巻には風化の力も込められている。中で生き抜くことなど許さない必滅の一撃と言っても過言ではない。


 竜巻と黒い大蛇が激突する。風化の呪いが黒い炎の勢いを殺し続け、黒い炎が風の祈りを食い潰し続ける。この戦いに最早相性など関係なかった。ただひたすらにどちらの祈りが深いかを押し付け合うそういう戦い。


 次に先に動いたのはウラジミールの方だ。単に祈りをぶつけ合うだけでは泥沼になるだけだと判断したのか彼は竜巻を消すと飛行を開始する。そのまま真上から光弾を射出してきた。


 俺は黒い炎で天蓋を作る事で自分とアナスタシアの身を守る。天蓋の外では爆音が轟き、熱量の余り大地が融解する様が見え、あの光弾の威力に戦慄させられる。

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