終章8 国津神 対 智天使 三
「風の祈りってのはああいう事もできんのかよ」
『物体というものは圧縮すると熱を帯びる。風の祈りならできるだろう』
「何でもありだな、おい」
俺の力は第二階梯になっても相変わらず応用力とは縁遠い力らしい。その分祈り自体は強固だし、余計な事を考えずに戦えるのは強みである。が、こうなってしまうとどう戦えばいいのやら。
一人歯噛みしているとアナスタシアと目が合う。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「貴方は、あの人の事を殺すの?」
「放っておけば奴はお前を使ってこの国に災厄を齎す。それにあいつに引導を渡してやらなきゃいけない」
「私を使って? どういうこと?」
「そこの祭壇に祀られている神器はお前の国の
「皇家に纏わるものって事? なんでそんなものがここに……?」
「日露戦争の戦利品だと言っていた。後の詳しい事は大佐に聞いてくれ」
あんまりしゃべっている余裕はないんだ、そう続けようとした瞬間、妙な息苦しさを感じて押し黙った。
この間も絶え間なく爆撃は続いており外の様子を伺い知ることはできない。
何が起きている? 得体の知れぬ感覚が背筋を
「これ……ひょっとして酸欠になってるんじゃ……?」
「酸欠? ……成程、」
つくづく応用力が高い祈りの様だ。風の力を使って辺りの空気を抜いていたのかこのままでは窒息死は免れない。しかしながら、俺の力で出来ることは限られている。
ならば、とばかりに天之尾羽張を握り込む。祈りを更に編み込み、祈りの出力をさらに上げる。限界を超えて、更に、更に、更に――!! 限界を超えてダメなら更に超える。
現人神から土壇場で国津神になれたのだ。まだ行ける筈だ!!
「ぉ――」
深化に進化を重ねて神化に至れ。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!」
全身の酸素を吐き出し尽くすつもりで、咆哮する。切断の祈りの出力を極限にまで引き上げて黒い炎を更に大きく燃え上がらせ、天蓋から空を覆うほどの黒い天球へ。
空ごとウラジミールを飲み込む。
大分無茶したが酸欠状態からは脱した。が、
「――凄まじい規模の祈りだ」
流石に撃墜させるまでは行かなかったか。しかし、ウラジミールもあの黒い炎の津波を防ぐのにかなり消耗しているようだ。スカした面をしているが肩で息をしている。
……こっちも大して変わらんが。
「…………、」
「…………、」
お互い次が最後だと、何となく理解していたんだと思う。だからこそ、俺達は少し笑みを浮かべながら神器の切っ先を向け合った。
「死ぬ事を望むってどんな気持ちなのかな?」
「……悔いがなくなったんだよ。あいつは」
「もう、生きてる意味が無いって事……?」
そこで肯定する事は簡単だが、俺にはそこで頷く事はどこか憚られた。生きている意味がなくなったわけではない。ただ彼は、生きて行くための糧を失ったのだ。いや、その糧が戦いの中で散る事なのだ。
「ウラジミールは散る事に生きる意味を感じてるんだ。あいつは兵士として死にたいんだ」
だからこそ、あいつは俺に望んだのだ。戦ってくれと。
「……わかんないよ。なんで死ぬの? 全然わかんない……!!」
「お前はそれでいいんだと思う。理解する必要なんかない」
臭いものに蓋をするわけじゃない。ただ、彼女にはこんな考え方の世界は似合わないから。
どちらからともなく俺とウラジミールは祈りを深める。
「行くぞ――」
「来い――」
ウラジミールは極大の竜巻を、俺は黒い刃を、ぶつけ合う。
どうか、この刃がこの国を救えるように。
どうか、この刃がアナスタシアを守れるように。
どうか、この刃がウラジミールという男の糧になれるように。
俺の祈りはウラジミールの風化の竜巻を両断し、刃は男の体を貫いた。
「……ああ、清々しい気分だ」
「そうか」
「世話をかけたな少年。感謝する」
隻腕の男はこれまでにないくらい柔らかく笑んで。そうして、そうしながら、
「私の戦争は終わった。お前の、お前達の……勝ちだ……!!」
彼は負けた癖に、死んでいこうとしている癖に、勝ったこちら側よりも遥かに満足そうに笑って深紅の天に散った。
かつん、元の姿を取り戻したモルニアストレルカが地面に突き刺さる音を横耳に男の遺体を抱える。もっと筋肉質かと思ったが、なんだ、ずいぶん軽いじゃないか。見れば俺よりも遥かに細い腕をしている。こんな腕で、しかも片腕は無いと来ている。五体満足の全快の状態だったら勝てたかわからなかった。
「……満足そうな顔をしてる」
傍らにやってきたアナスタシアがぼんやりと口にする。
「やっぱり、私には悠雅と彼が共有していたものに感じ入る事はできなかなかった」
彼女はそう言って、その上で「だけれど」と、付け加えて続ける。
「貴方達が見ている世界があるって事は理解した」
これっぽっちも共感はできないけどね、なんて言って。薄く笑って、そして、涙を流した。
「これは、私達の責任でもあった。私は、彼らともっと向き合うべきだったのかもしれない」
「そう思うのなら、次似たような奴が現れたら、ちゃんと向き合ってやればいい」
「……うん」
戻るとしよう。あちらもいい加減ケリがついている頃だろうし、なんて思いながら踏み出すとウラジミールの体がどんどん軽くなっていっている事に気づく。何事かと彼の顔を見やれば一気に彼の体から生気が失われ、凄まじい速度で土気色に、乾燥していくのがわかる。
次の瞬間、大きな水塊がウラジミールの口から現れ、俺を吹き飛ばした。この水の力には覚えがあった。ヴィクトルという水の術師の力だ。
あの時、止めを刺したはずなのに、なぜ奴がまた現れたのか? まさか、生きていたのか? 疑問は数あれど、次に眼球が写した光景に全てが吹き飛んだ。
「え……?」
困惑した声があった。
からんと、血まみれの剣が深紅の大地に落ちる。ざあざあと水が鳴動して、その前に立っていたアナスタシアが崩れ落ちる。腹を真っ赤に染めて。
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