終章6 国津神 対 智天使 一


「————来た…………!!」


 ウラジミールが壮絶と言えるほどに深い笑みを浮かべて見せた。


「その深度たかみ、正しく第二階梯!! 智天使ケルビム――いや、国津神くにつかみ!! ……これで漸くeven対等だ」

「ガタガタ喧しいんだよ……!!」


 俺の祈りは最早風の傷跡と鎬を削っても少しも崩れず、ギラギラとした刀身を輝かせている。俺はついにこの男と同じ土俵の上に登ったという事だ。


 しかし、俺の中にあるのは第二階梯・国津神位階に達した高揚感よりも遥かに“目の前の障害を切り開きたい”という衝動が大半を占めている。成程、俺の祈りの根源はその願いにあるのかもしれない。

 俺は俺の祈りの出どころを知らないでいる。何せ生まれつき祈りを持っていたのだから知る由もない。


 俺は世にも珍しい先天性の現人神。母の胎を切り裂いて生まれた鬼の子だ。

 現人神とは何某かを狂う程に祈った先になるもの。普通は乳飲み子にすらなっていない赤ん坊が使える類のものではない。

 だから、ずっと謎だった。でも、漸く理解した。俺は“切り開きたい”と祈ったのだろう。確かに、これでは鬼の子だ。恐ろしい力だ。アナスタシアの美しい祈りとは比べるまでもないほどにおぞましい力だ。



 だからこそ、あいつの祈りの尊さがわかる。

 だからこそ、あいつをウラジミールの邪悪な計画に利用させる訳にはいかない。そう思えた。



「行くぞ、宿敵――」


 十拳の祝を纏った天之尾羽張を構え、ウラジミールも風の傷跡を構えた。

 再度、祈りと祈りがぶつかり合う。


「私は今運命というやつを感じているよ。深凪悠雅」

「あァ?」

かつて私はかの英雄、ドミトリー・ニコラツェフの教えを受けていてね。日露戦争で死闘を繰り広げた英雄達の弟子同士がこうして刃を交わしている。これを運命と言わずして何とする」

「そうかよ……!!」


 無理矢理押し退け、土手っ腹を蹴り飛ばす。更に吹き飛ぶウラジミールに向かって思い切り瓦礫をぶん投げつつ接近する。先のウラジミールが放った岩石砲とは比べものにならないくらいの速度でしか無いがそれでも牽制にはなる。後は僅かに生まれるであろう隙に斬撃を叩き込んで終いだ。


 しかし、ウラジミールもそう甘くはない。槍の石突きを地面に突き刺し、吹き飛ぶ力を遠心力に変え、真横に逃れる事で牽制を回避して見せた。更にその上で反撃に転じる。

 槍の穂先に風を纏わせ一気に薙ぎ払う。


鎌鼬かまいたちか。問題ない。今のお前なら切れる!!』

「応っ」


 アマ公の助言に力強く頷き、俺は剣を振るう。迫り来る不可視の刃を、天之尾羽張の黒い刃が捉える。普通なら捉える事は出来ても斬ることなどできない風を切断の祈りは掴んで見せた。

 後は容易い。天之尾羽張を振りぬけば鎌鼬は切り払われ、消え失せる。


「それならばこれはどうか――!!」


 ウラジミールが風の傷跡を風車か何かみたいに振り回す。それに呼応するように辺りの大気が轟々と唸りをあげた。その直後、極大の大気の波が地面をべりべりと引きはがしながら殺到する。最早アナスタシアの事など眼中に無い、広範囲を薙ぎ払う殺意の風であった。あんなものをまともに食らえば現人神とてただでは済まない。最悪ひき肉になる事は必至。自棄でも起こしたのか? それとも――


「はぁっ――!!」


 最大出力まで高めた切断の祈りを以って大気の波を両断し、黒い炎がウラジミールの風の祈り、そのことごとくを焼き尽くす。この風の祈り、一片たりともアナスタシアに近づけさせはしない。


「——見事だ、深凪悠雅。その祈り、我が命を絶つには申し分ない」


 腹が立つくらいうれし気にせせら笑う。


「テメエ、俺が今防ぐと思って?」

「ああ、そうだとも。君が防ぐとわかっていたからやったのだ」

「解せねぇな。テメエらの狙いはアナスタシアを使って祭壇に祀られてる神器を弄る事じゃないのか?」

「そうだが、何か問題があるのか? 全霊で挑まねば勝てぬ相手と評価しているのだが?」


 そう、小首傾げて。

 この糞野郎、心底不思議そうに大真面目な顔で宣いやがって。


「イカレてやがる」

「言うに事欠いてイカレる、なんて言葉を使うなよ? ? でなければ、異能を振う存在になどなっていないだろうが」

「…………その通りだ」


 気が狂う程に願い祈り、現実を捻じ曲げるに至る程の狂気が人格に何も及ぼさない訳がない。そういう意味ではこいつの言う通り現人神の末席を穢した時点で皆狂人の仲間入りだ。


 とはいえ、こいつが何を考えているのかわからないのは変わらない。

 ウラジミールは俺を待っていた、と言った。そう言うからにはこいつはまだ何もしていないと思われる。それを証拠に実際まだ何も起きていない。だったらアナスタシアの事が必要な筈。にも関わらず、この男は躊躇することなく力を振った。


 もし俺が日和ひよって回避したらアナスタシアは死んでいた。ウラジミールはそれでもかまわないのか? もしくは別口で何か仕掛けている? クソッタレめ。こっちは戦ってる最中に頭を割ける地頭良くねえんだぞ。


「随分警戒しているな? 抵抗出来るようになって幾らか余裕でもできたかね? 舐められたものだ。実に不愉快だよ」


 ウラジミールは風の傷跡で切り掛るべく肉薄する。


「こちらは一応二度も君を撃破しているのだ。余り軽く見てほしくないな」


 瞬間、真横から頭一つ分程の石塊いしくれが飛来する。咄嗟に外套で身を守るも衝撃までは殺せず、地べたを転がった。石塊が黒い外套の上で砕け散って塵になっていくのを見送りつつ俺は天之尾羽張を構える。


「戦いとは本来神聖なものでなくてはならない。偉大なものでなくてはならない。尊い命を懸けたものなのだから相応の扱いを受けなくてはならない」

「尊いというのならイタズラに摘み取るなよ」

「私は誰かを殺す時は常に相手に敬意をもって殺している。敵も味方も不必要に摘み取った命など無い。今まで殺して来た人間の顔を俺は忘れた事がないし、殺されていった部下の名前と顔も生涯忘れる事は無い――!!」


 静かにウラジミールは激昂する。それが戦士の責任であり矜持であると断言して。


「……だから、なあ? 私と戦ってくれ深凪悠雅。お前の本気の祈りを私は見ていたいのだ」

「…………、」


 ――ああ、そうか。俺はここで漸く得心した。目の前の男が、何を求めているのかを。

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