第四章9 お嬢様とのお買い物再び 二
運転席からぶつぶつと念仏を唱える工房長を宥めつつも暫く窓の外を見ているとやがて空を着くように屹立する摩天楼群が遠くに見えてきた。
摩天楼群の手前の街道は空が雪雲に覆われ、薄暗いせいか朝だというのにガス灯に光が灯っている。
俺達は皇都に着いた事を確認し、工房長に礼を言って車両から下車し、工房長を見送る。
「あんなにすごい軍用車を作る技術があるんだから落ち込まなくてもいいのに。海外にあんなに大きくて馬力も強い軍用車両無いと思うけど」
とはアンナの評価だ。
「あれは蒸気機関に加え、呪力を動力源に使っている。出力は蒸気機関だけの車両の二倍近くある。蒸気機関に使う燃料費削減にも繋がっているから上の評価も高いぞ」
そうやってある程度褒めてやればああも落ち込まなかっただろうに。余計な事は言う割に言ってやればいい事は言わない難儀な性格をしているお嬢様だ。
「さて、――」
時間を確認すると午前九時を回っており、彩花寮を出た五時半から三時間以上も経っていた。そこそこ長旅だったと思う反面、普通の蒸気自動車で皇都から寮まで一時間弱かかることを考えれば除雪しながらよくこんな短時間で目的地に着けたな、と感心してしまう。
懐中時計を懐にしまいつつ「――それで、」と俺が切り出すと女性陣の視線が集まる。
「お嬢様方は何が御所望で?」
「私は単なる付き添いだ。気にしなくていい。強いて言えばたい焼きとかが食べたい」
気にしなくても良いんじゃなかったんですかね大佐殿?
「む、何だ悠雅、その目は? 言いたいことがあればはっきり言うがいい」
「何でもありませんよ。アンナは?」
「服とか下着とかの衣類ね。これは急務だわ。後は身の回りの物。それにクローゼット整理が欲しいかも」
「く、くろーぜっと? というのは西洋箪笥の事で良いのか? 家具類なら東京駅の近くにいい店がある。衣類は前の婆さんの店でいいか?」
「ミセス・オノヅカの店なら大歓迎ね」
「ならば私は雑貨類の店を紹介するとしよう」
一通り行き先が決まった所で出発する事にする。皇都の除雪はまだ余り進んでいないらしく、積もった雪で非常に歩きづらい。アンナは積雪慣れしているのか平然と歩いているが問題は大佐殿だった。
雪の為、流石にぽっくり下駄ではなく硬い
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
堪らず声をかけたアンナに大佐は気丈に答えるが声は震えており、全くもって大丈夫そうではなかった。
「大佐、私の背につかまってください」
アンナが大佐の前で中腰になる。ああ、そんな事をされては俺の立つ瀬が無いではないか。
「いい、俺がやる。女にそんな事させられるか」
「はぁ? アンタは私をバカにしてるの? 私だって
「そういう問題じゃねぇよ。単純に女に背負わせて隣で何もしないクソ野郎になりたくねぇだけだ」
言いつつ大佐の外套を外し、そのままアンナに押し付け、中腰に構える。
「俺の外套の下に入ってこい。あったけえから」
こくり、と大佐殿は頷くとモゾモゾと外套の下から這い上がって来る。ひんやりとした体が俺の背中に密着してぶるり、少し震えた。
「大丈夫か、大佐?」
「うん」
妙に反応がしおらしい。調子が狂う。
俺は座りが良くなるまで大佐の体を揺らし、雪の積もった街道を歩き出す。
「私がお世話しなきゃいけないのに……」
何やらアンナは納得していないようでむくれているが知ったことではない。
――最初に訪れたのは小野塚の婆さんの店だったのだが、そこには、
「ジジイに相馬さん!?」
我が恩師、
「おい、私はジジイで達司はさん付けか、悠雅?」
「人望、でしょうなぁ」
ほっほっほ、と機嫌良く笑う相馬さんとは対照的に機嫌を損ねてそっぽ向く爺さん。しかしながらそんな二人に挟まれた一番機嫌悪そうな婆さん。
「何しに来たんだい?」
これが開口一番に出てきた発言だから驚きだ。大阪辺りにでも行って商人のイロハを教えてもらうべきだと思う。
「ったく、寒過ぎて関節が痛むってのに。客が多過ぎる」
ギコギコと車椅子を転がす婆さんは最高に不愉快そうに商いを始めてくれる。やっぱりイロハを叩き込んでもらった方が今後の為だ。
「おい、悠雅。何を背負っている?」
「ああ、こいつは――」
「まさかアンナともうガキを作ったのかい!?」
紹介しようとした瞬間、目をひん剥いて俺よりも早くまくし立てて下さった。
「ちが――」
「手が早いにも程があるね。ケダモノかいあんたは?」
……頭が痛い。頼むから人の話を聞いてくれ。
思わず項垂れていると、ストン、と背中から重量と共に温もりが失せる。
「御陵殿、先日はどうも。そして初めまして、
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