第四章8 お嬢様とのお買い物再び 一



「——買い物に行くわよ」


 部屋の扉を開けて放った最初の言葉がそれだった。控えめに言って意味が分からなかった。ついでに言えばただただはた迷惑だった。この女は今何時だと思っているのか? 早朝五時だ。昨晩こちらに帰還したのが午前一時。食事と湯浴みを済ませて床に就いたのは一時間後の午前二時だ。三時間しか寝れていないというのに、本当にこいつは何を言っているんだ。俺は睡眠の重要性について主張させてもらうぞ徹底的にな。主武装はこの掛布団だ。


「布団に籠城するって訳? 上等じゃない。引っぺがしてやる!!」

「うわっ!? 何しやがる⁉ って、寒っ!! なんだこのイカレた寒さは⁉」

「外見なさい」


 言われるがまま四角く切り取られた景色に視線を移す。そこには真っ白な絨毯が敷き詰められた銀世界だ。確かに昨晩雪がチラついていたがよもや積もっているとは。

「積もるって言ったじゃない」

「あの時は本当にチラついてただけだったのに……よくわかったな」


 正直な所、適当な事を言っているのかと思っていた。しかし現実はこうだ。降りしきる雪と既に膝丈位にまで積もった雪である。

 昨晩彼女が予想した通りになっているではないか。「すごいでしょう?」と目で訴える彼女は得意になって胸を張って鼻を鳴らす。


「…………、」


 朝にその体勢は目に毒だからやめて欲しい所だ。


「何で目を逸らすの?」

「……察しろ、馬鹿」

「? 意味が分からないけど……とにかく、そのだらしない恰好どうにかして出て来なさい」


 俺まだ行くとは言ってないんだが、という反論を聞く前に彼女は部屋の外に出ていってしまった。……何というか、我儘な奴だなぁ。

 とは言え、こうしていてもあいつはまた部屋に乗り込んできて俺の布団を引きはがしに来るだろう。


「仕方ねぇな」


 ボヤきつつ、身支度を済ませ、回廊に出るとアンナは満面の笑みで出迎えたかと思えばすぐに渋い顔を見せた。百面相で実に忙しそうだ。


「何で軍服なんか着てるのよ?」

「そういうお前は何で私服なんだ?」

「買い物に行くって言ったじゃない。そんな時に野暮ったい軍服なんて着てられないわ」

「非番でもないのに私服で外に出るのは規範に反するだろう」

「——い。私が許可した」


 遥か下方からの声に肩がびくついた。視線をずらせば、いつもの様に豪奢な着物を纏う大佐殿が立っていた。


「こんな朝早くに……寝てなくていいのか?」


 昨晩隊長が報告に行くと言っていたから俺達以上にろくに寝ていない筈だ。


「心配はない昨晩は九時には就寝している。五時間は寝ている」

「小さいんだからもっと寝ておけよ大きくなれないぞ?」


 俺がこいつくらいの頃はその倍は寝ていた。


「慣れている。問題ない」


 それ自体が異常事態だという事をきちんと理解しているのか。……理解していない訳がないか。そもそも聡い子だという事は俺にもわかる。だからこそ、大佐などという地位にあるのだろうし。


「所でどうして大佐がここに?」

「ああ、私も彼女の買い物に付き合おうと思ってな。悠雅だけに案内を任せれば無粋な店にしか案内しなさそうだ」


 ああ、そっすか。


「つーか、本当に行くのか?」


 窓の外を指さして、現状を指し示す。所が大佐は可愛げのない笑みを浮かべて、


「問題ない」


 大佐は着いてこいと言わんばかりに肩で風を切って歩き出す。その後を追う様にアンナが続く。


「……なんで朝っぱらからそんな元気なんだよ」


 呻きつつ、俺も後を追う。

 玄関口エントランスを出るとやけに大きな軍用車両が止まっていた。


「おおう……」


 視界一杯を埋め尽くす程に大きな車体に思わず感嘆の声が出た。

 重苦しく腹の底に響く機関エンジン。美麗さの欠けらも無い、黒く、分厚く、ひたすらにでかい装甲。人程ある車輪とどんな悪路でも走破を可能にする無限軌道キャタピラ


 こんなものを見せられて出る言葉なぞただ一つしかあるまい。


「かっけぇ……」


「えぇ〜……」

「えぇ〜……」


 隣の女性陣は御不満の様子。俺の感想に納得していないようだ。解せない。


「ほう、こいつのカッコ良さがわかるか御陵の小坊主」


 車両の中から顔を覗かせたのは吾妻橋権三郎あずまばしごんざぶろう氏だ。


「爺さんに世話なってるけど俺は御陵じゃないですよ。それよりこいつはここの工房で作ったんです?」

「応とも。俺が作った」


 工房長はまばゆい金歯を見せつけて、


「そら、とっとと乗れ。行くぞ」

「工房長が連れてってくれるんですか」

「俺ぁ皇都の除雪依頼を熟しに行くだけだ。ついでだついで」


 渡りに船ってやつだ。ありがたい。

 現人神の運動能力でも積雪の中、皇都までの道程を徒歩で行くのはしんどい。

 早速俺は除雪用に改造された軍用車両に乗り込み、アンナと大佐を引っ張り上げる。全員が帯革ベルトで体を席に固定したのを確認して、工房長は機関を噴かした。


 車両の中は外観の大きさ相応の広さをもっており大人三人子供一人乗り込んでも後七、八人は乗り込めそうなくらいの余裕がある。車内の隅には呪装銃が何本も掛けられている。更に奥の方には真っ黒い凶悪な兵装が鎮座している。


「工房長、あのでかいのはなんです?」

六連式回転呪装砲ろくれんしきガトリングガンか。呪装銃の弾装填の時間を可能な限り省略しつつ車両に取り付ける事で一般兵が撃てねえ大口径の弾を打ち出せるようにした代物だ。その破壊力は通常の呪装銃なんかとは比べ物にならん」

「ほう」


 そいつは凄いと続けようとしたが大佐から苦言が飛ぶ。


「それが本当に使える物だったらな」


 その言葉に工房長は死ぬほど悔しそうな顔を見せた。


「呪装銃の製造技術で現人神や呪術師並みの戦力を作り上げるという製造理念を元に作ったもんなんだが一発に付き通常呪装銃の最大出力の四倍の呪力消費、それが一回転六本分。単純計算で二十四倍。一般の兵士がその莫大な呪力消費に耐える事が出来ず、秒で干上がってしまう」

「神格や雪乃位の呪力があって初めて使える代物になるという訳だ。そして当然基本骨子は呪装銃。現人神に呪術の類は使えないから実質あの兵器を使いこなせるのは雪乃か小野塚女史位のもの。そしてその二人にそんな野暮な物握らせるなら普通に呪術を使ってもらった方が何倍も成果を上げてくれるという訳だ。詰まりそれはゴ――」

「言うな大佐!! そこから先は絶対に言っちゃいけねえ!!」


 半ば涙ながらの懇願だった様に思えた。彼はそれ程までにあの兵器に肩入れしているのだろう。


「製造理念から考えるに方向性は間違っちゃいねえんだ。現人神の異能と呪術師の技術を埋めるとなるとどうあがいても純粋火力が足りなくなる。それを一般人に補える様にすると動力源の問題が出てくる。呪力を溜め込み保存する技術があれば――」


 何やらぶつぶつと思考状態に没入していく工房長。……頼むから事故は起こさないでくれよおっさん。

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