第四章7 帰還

 ――現人神という存在は自己が歪む程に祈り願った事で異能という祈りの力を発現するに至った者達だ。


 現人神の祈りには深度がある。明治以前は進度しんどやら神度しんどと書いていたそうだが今では深度と書く。その昔、とある現人神が「現人神の異能、祈りに対する理解と道を後世に遺す為にはこちらの言葉が適当である」と説いたのがきっかけだ。


 先にも述べたが現人神の祈りは深く祈れば祈る程強力になっていくという非常に特異な性質を持つ。

 その深い祈りがある種の到達点に達すると異能と祈った現人神自身が深化しんかする。その到達点は二つあり、第三階梯――天津神というのはその二つの到達点を超えた者の事を指す。


 俺達の様な現人神ですら強力な生体兵器として扱われる昨今、第三階梯にもなれば戦略兵器位には扱われるだろう。軍部が後生大事に抱え込むのも無理はない。何せ希少だ。この国には五万人の現人神がいるが中間の第二階梯――国津神ですら二百人足らずしか居ない。第三階梯にもなればその数は更に少なくなってくる。


 敵でないなら飼い殺しにしておきたいのだろう。しかしながら、これなら既に謀反と言ってもおかしくないと思うのだが、第三階梯というものは軍にとって余程失いたくないものと見える。


「でも隊長、天津神の情報なんか国家機密でしょうに。よく断言できますね」


 天津神というのは先にも触れたが希少かつ強力だ。その存在は基本的に帝以外は露見する事でもない限り機密事項とされる。露見してしまった天津神を一人知っているが彼ではないという確信がある。


 というのも彼はそういった事を好まないし、そういった輩を率先して殺しに行きかねない人間だからだ。


「その情報、信頼性あるんです?」

「無論だ」


 隊長は鼻を鳴らすと満面の笑みで答える。


「これでも諜報員スパイとしてこの軍に所属した身。情報網には自信がある」


 そんなことを大っぴらに、しかもどや顔で言う当たり本当に諜報員なのだろうかと問い詰めたくなる。

 やがて隊長は牛鬼の腹から取り出した軍帽と銃の砲身を回収すると、隊長は大佐への報告を優先するとして外への帰還を命じた。




 ――帰還すると外はとっぷりと夜も更け、雪がチラついていた。隊長は早々に大佐の元へとおもむき、光喜はそれにくっ付いて行った。宗一と藤ノ宮は二人揃って自室に戻っていった。

 取り残されたアンナはぼんやりと黒い空を見上げていた。


「何やってんだよ。風邪引くぞ」

「明日、積もるかもね」


 聞いちゃいねぇな。せっかく心配してやっているというのに。

 そういった非難を視線に込めて送っていると彼女はろくすっぽ理解していない様子で落ちてきた雪を一粒、手の平に乗せた。

 無色透明な表情をしているのに、どこか悲哀を帯びている。その艶のある横顔は胸に迫るものがあり、ドキリとさせられる。こいつと一緒にいると度々なる、この筆舌に尽くし難い感情はなんであろうか。


「アンタはさ、」


 不意にアンナが切り出した。


「アンタは、私の味方するのをやめた方がいいと思う」

「どうした藪から棒に?」

「急でも何でもない。アンタはこの国を守れる人間になりたいんでしょう? だったら私なんかにかかずらっちゃダメ。仲間と……ましてや幼馴染と殺し合う何てダメ」


 先の鯉口の切り合いを指して言っているものだとすぐに分かった。


「アンタは、ここで止まっちゃダメな人間だから。前を向いて、進まなきゃいけない人だから」

「まるで自分は違うみたいな言い方だな」

「違うよ。私の願い……忘れちゃった? 私は常に後ろを向いているのよ。私の大切なものは過去にしかなくて、今はもうそれが無くて。だから、得体の知れない何かに追い縋ろうとしてる。全く建設的じゃない、常識も、倫理観も無いただの気狂い。そんな私に付き合う時間が貴方にあるの?」

「俺はお前に救われた。お前がいなきゃ俺はもうここにはいない。俺はお前に報わねばならない。それにだ、恩人たった一人救えずに国を守るなんざできるかよ」

「……っすうううぅぅぅ、はああああああああぁぁぁっ」


 大袈裟なくらい大きく息を吸い込んだと思ったら盛大にため息を吐いてくれた。それもとてつもなく愚かなものを見る様な目つきで。

 実に腹立たしい反応だ。


「馬鹿にすんなよ」

「いじけると年相応の顔するのね? 十八、だっけ?」

「悪いかよ」

「いいえ」


 今度は可憐に笑って、でも小ばかにしてる。

「そういうお前はいくつだったか?」

「十七」

「年下かよ」

「何? 生意気だと思った?」

「出会い頭にチャカを頭に突き付けてくるような女は端から生意気だろ、タコ助」

「なっ⁉ タコですって⁉」


 心外だ、とでも言いたげな顔している。ざまぁみろ。

 拳を握りしめ、高ぶる感情を無理やり抑え込んだ彼女は、深く息を吐いて、仕切り直しとばかりに彼女はスッと目を細めて、「馬鹿」と一言。そういう彼女も中々見せない年相応の顔を見せてくれた。

 その顔を見てると少しこそばゆくなる。彼女は俺の顔を見て薄く笑んで「変な顔」といった。


 喧しいぞ。クソ、顔が熱い。胸がなんだかざわざわしている。心臓も、やけに早鳴ってばくばくと喧しい。一体何の病気だ? 動悸が激しい。現人神が病気なんて聞いた事ないぞ。


「——今更だけどさ、ありがとね。悠雅」

「な、なんだよ急に」

「改めてちゃんと、お礼言っとこうと思ってさ」

「礼を言われるような事していない」

「最初の逢魔ヶ刻、そしてロシア軍に攫われそうになった時も助けてくれた。どれだけ痛い思いをしても、どれだけ血を流しても。そんな人にお礼も言わないなんて薄情にもほどがあるでしょう?」

「お前は貸し借り無しだと言ったんじゃないのか?」

「貴方はそれをずっと反故にしているんだから無効でしょう?」


 成る程。それは一本取られた。膝を打たざるを得ない。


「——あ、そうだ」


 唐突に彼女は手を叩いて、


「明日、アンタの時間を私に頂戴」



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