第二章19 水の魔術師 一

 一両目と二両目は物資しか入っていなかった。三両目と四両目は大量の機械類。残りは後三両。いい加減そろそろかち合ってもいい頃合なんだがなぁ。


「ん?」


 五両目に触れた時だった。妙な感じがした。こういったものに敏感ではないが、ああ、これは俺でもわかる。

 呪術だ。呪力の流れを感じる。あからさまに怪しいなこれ。……まぁ、普通に考えてこれは罠だろう。しかし、虎穴に入らずんばなんとやら、とも言う。斬って破るとしようか。


 ゴリッ、不意に鈍く硬質的な物体が後頭部に突き付けられる感覚があった。気配は五つ。微かに火薬の臭いがする事から突きつけているのは銃火器の類だということがわかる。


「誰だお前等?」


 問いかけるも返ってくるのは沈黙のみ。まぁ、元よりこいつらがまともな返答をするとは考えていなかった。それはさっきの奴が実証済だ。とは言え、この国に入り込んでる以上この国の言葉は通じるだろう。話せなきゃ物資的な部分で詰む。


「お前等、さっき連れてった女はどうした?」

「―――、」


 黙りか。ならばぶん殴っていいな。

 銃火器を使用している時点でこいつらが現人神じゃないのはわかってる。呪術師の疑いはあるが、これだけ近ければ格闘戦に持ち込める。おまけに一般人じゃ現人神の動きに追いつく事はまずできない。意識の中に入れる事すら一流の達人にしかできない。つまり、


「――がはっ……!!」


 俺の拳が拳銃を突き付けていた男の腹に突き刺さる。一撃で男の意識を刈り取り、男の体を盾に他の連中に殴りかかる。仲間を盾にされたせいで銃口を向けることを躊躇する男達を一方的に殴りつけ、落としていく。

 瞬く間に男達の山が出来上がった。


「軍服……ね」


 日本の物じゃない。どこの国のもんだ? ……ああ、いや、事の中核はそこじゃない。この国の中に他国の軍人が入り込んでいるという事。

 あいつの力を考えればこれくらいの戦力を投入してくるのはわかる。むしろ、少ないとさえ思える位だ。その程度にはあいつの祈りは希少だし強力だ。だが、軍服なんて目立つ格好で出歩くか?

 軍服ってのはわかりやすい武威だ。そんなものを着て闊歩する意味は?


「っ……」


 ゾッとした。まさか、あの篠ノ之 歌穂しのののうたほが嘯いてた事は……。


 ロマノフ皇家復活せり、日露戦争は終わっていない。


「まさか、露西亜帝国軍……?」

「——へぇ、思ったより頭が切れるのか? それとも、感が良いだけか」


 目の前の軍人の山から声が聞こえた。軍刀の柄に手を掛け僅かににじり寄る。すると、山積みにした男達の顔が一気にしわがれ、土気色になっていく。干からびていくみたいに。


「……なんだ、これ……?」


 あまりにも不気味な光景に呻く。そうして、気づく、圧倒的な渇きに。喉が渇き果て、嘔吐く事すらままならず、距離を取りつつ、しかし男の山に注視していると、透明な液体が彼らの体から這いずり出してきた。


「水……」


 掠れた声で呟く。

 ぼこりと水塊が泡を吐いた。


「やれ水の雄精ヴォジャノーイ


 水塊は蛇のように音もなく一瞬で距離を詰めてきた。近づいただけで全身から水分が根こそぎ奪われそうな感覚があった。

 俺はとっさに軍刀を引き抜いたが意味をなさず剣は水塊をすり抜け刀身を濡らすだけに留まった。

 やはり液体相手に刃は不利。で、あれば、


「――行くぞアマ公」


 のりとを詠唱しながら左腕に宿った神器に助力を乞う。

 左腕に刻まれた文様が深紅に輝く。封印され、左腕と一体と化していた大いなる神器が御姿を晒す。


 長大にして極厚の刃はひたすら荘厳な神気を湛え、歪にして粗雑な見た目とは真逆に強烈な神性、聖性を有している。

 これぞ神器。天之尾羽張は改めて現世に顕現する。


『ほう、遠き北方の水の妖精か……』

「知ってんのか?」

『多少知識には覚えがある』

「そりゃ心強い。因みにこいつの弱点は?」

『あれは水気の塊。五行相剋ごぎょうそうこく、水気は土気以って制せよ』

「要はねぇってことかよ」


 現人神に呪術は使えない。呪術が使えない以上、異能として土に関する力を持たない限りこの水の化け物の弱点を突けない。あの魔界、逢魔ヶ刻の下で遭遇した……ショゴス、とかいう化け物の時と同じように、天之尾羽張によって正面から切り払うしかない。


 水の妖精は天之尾羽張に警戒心を抱いたのか、急に距離を取ると無数の触腕を作り、鏃の如く伸ばして来た。水も高速で発射すれば一つの凶器だ。喰らえば俺の体は蜂の巣になる。


 脳みそを貫かれなければ死なないだろうが、それでも痛覚はある。そうそう致命傷級の攻撃を受ければあっという間に精神の方が摩耗する。よって、俺は回避を選択する。


 着弾点から逃れるように脇に飛び込む。ついで体を屈めて触腕を回避。どう足掻いても回避し切れないものは天之尾羽張で切り払う。この程度なら毎日爺さんと稽古している人間なら容易い。爺さんの剣はもっと早い。


「中々すばしっこいじゃないか」


 術者の声だ。未だ僅かに余裕を湛えた男は己の式に新たに術理を加える。


двойной


 たった一言だった。式に刻み込まれた術理は書き換えられ、水の妖精は触腕を倍に増やして襲い来る。

 相変わらず呪術は器用な力だ。羨ましいかぎりだ。


「――薙ぎ払うぞ」


 水の妖精に向かって天之尾羽張を振り下ろす。水の妖精は両断されると同時に吹き飛ばされる。しかし、水の妖精は粉々になった自身を掻き集め、再び一つの塊として立ちはだかる。


「そう……上手いこといかないわな」


 歯噛みしながら水の妖精の反撃を後退することで回避する。しかし、こうして攻撃を回避するために距離を取った所でこちらに反撃する手立てはない。肉を切らせて骨でも断ってみるか? だが、ご覧の通り、こちらの攻撃が通らないのにも関わらず突っ込んだら要らぬ怪我をすることになる。きっと、助け出した時に血まみれだったらアイツは怒るだろう。


 負傷を極力抑えつつ、敵を速やかに撃破する方法は……? 咄嗟に思いつくのはこの水の妖精を使役している術者を直接叩く方法だ。が、辺りを見回せど術者の姿は見えない。これほど強力な式を使役しているという事は術者は近くにいる。少なくとも目で見える範囲にいる筈だ。それに、俺の反撃に対し対抗策を講じてきた辺り、確実にこちらを目視できる位置にいる。故に貨物列車に隠れているという事も無い。にも関わらず視界にはそれらしき人物の姿は無い。


 平時なら気配を探る事も出来るだろうが、およそ数にして四十程の触腕が一斉に俺の体を串刺しにせんと迫りくる中、探し物なんぞできるものか。


「くそっ……!!」


 速度自体は大したことは無いが数が数だ。どうしても捌ききる事が出来ない触腕が出てくる。


「がっ……はっ……!!」


 肩口、脇腹、右大腿部を触腕が貫通する。ショゴスの様に質の悪い毒液を含んでいる訳ではないのが唯一の救いか。


「ちょろちょろ動き回る上にやたらとしぶとい。お前はあれか? ゴキブリの仲間かなにかか?」


 俺が血反吐を吐く様が大層お気に召したのか喜色に富んだ語調で語りかけてくる。

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