第二章18 囚われの聖女 二

 私は発電、発雷においては一家言ある。

 我ながら、酷い打開策だと思った。しかし、まだこれは試していない。……そもそも、先ずやろうとも思わないだろう。しかし、やらない訳にはいかない。


 肉体を巡る神経を精査し、発電。電気を筋線維に流す。びくびくと気味悪く独りでに蠢く己の手足、そして何より痛覚が訴える激痛が声ならぬ悲鳴が上がる。だが、ここでやめる訳にはいかない。ほんの少し強く電流を流す――


 意識が吹っ飛んだ。手足はがまだ小刻みに震えているので意識を失った時間はほんの一瞬か数秒足らずのもののようだ。人類の進歩にはいつだって‟Trialトライアル &アンド Errorエラー”が付き物だ。私の行く道も同じだ。どれだけ失敗しても辿り着かねばならない。


 今一度神経に電気を流す。眼球が裏返りそうになるのを食いしばって我慢しながら針に糸を通す様な緻密な作業する。常人なら既に神経を焼き切って全身不随になっている所。超人たる己が体を生んでくれた両親に感謝して、私はさらに強く電流を流す。

 呪いの力を振り切り、四肢に力が宿る。

 ゆっくり、だがしかし、着実に自身の体を持ちあげていく。


 痛い。苦しい。辛い。


 それでも、あの日に比べたらまだ温い。

 強引に体を立ち上がらせる。自分の体だと言うのに外から自分の体を動かしている様な奇妙な感覚。糸繰人形マリオネットの操り手になった気分だ。だけど、動ける。芋虫の様に這うのではなくちゃんと二本の足で。


 改めて壁に耳を宛がって外の様子を探る。

 また声がする。


「軍人さん、困りますよ。普通列車は別のホームですよ」


 今度は日本語だ。言葉の内容からするとここはどこかの駅で、どこかの軍人が無理やりこの列車に近づいてきているということ。道理で既視感があるわけだ。この長細い部屋は列車の車両の一つ、と言う事か。

 それに、私がもたもたしてる間にあのお馬鹿が来てしまったらしい。続けて破裂音がした。銃撃だろうか?


 先まで話していた駅員の悲鳴が聞こえた。

 何があった? しかしもう音は無い。戦いが終わった? 馬鹿な。大天使たる私を無力化した人間がこの程度で終わる訳がない。であれば、一刻も早くここから出なければならない。


「——おや、よもや起き上がって歩き回っておられるとは」

「っ!?」


 唐突に背後から声がした。振り返るとそこには青白い顔をした初老くらいの軍服姿の男と、二十代半ばの若い男が立っていた。いつの間に? とか、扉を使わずにどうやって? とか疑問はあれど先ず瞠目すべき点は他にある。彼等の出で立ちだ。彼等の着ている軍服は日本の軍の物ではない。私の祖国の物だ。そして、初老の男の手には近代の兵士が握るには余りに古風な槍が握られていた。見覚えのある意匠と僅かに黄金色を帯びた輝きを持つ細身の長槍。


「モルニアストレルカ……!」


 故国に伝わる国宝であり究極の異能媒介である聖遺物の一つ。ただの一兵卒が触れてもいいものでは無い。


「お眠りくださいませ。御身はこのまま本国に護送致します」

「繕わなくても結構よ。私ではなく私の力が惜しいから追いかけて来たのでしょう? この国に私の力を解析されたら困るのは貴方達だものね」

「まさか、私めは心底貴方様に心酔している故の行動にございまする」


 恭しく頭を垂れる初老の男。気持ちが悪いと思える程に礼儀正しく振る舞う彼は実に、不自然な程に柔和な笑みを浮かべて見せた。


「だったら放っておいて。私はこの国に用があるの」

「でしたら私共が微力ながらお力添えさせていただきたく存じます」

「……こんな所で貴方達を放ったら貴方達、この国にの人間と喧嘩を始めるでしょう?」

「いけませんか?」

「戦争がしたくて来たの? やめて。これ以上民を苦しめるつもりなの?」

「この国を討ち果たす事で民の無聊を慰める事も出来ましょう」

「本当に、やめなさい。戦争は壊すだけで何も生まない。国の事を思うなら生み出す側に周りなさい」

「失礼ながら、それは詭弁にてございまする」


 男は憎々しげに槍の石づきで床を小突いた。

 そう言われるとは思っていた。私の語ったのは理想論でしかない。実際に戦場で戦っていた人間達からしたらそれは詭弁にしか聞こえないだろう。


「――さて、そろそろネズミが大暴れする頃か」

「私が始末して参りましょう」

「ほう、あれは今までの相手とは違う。大天使アークエンジェルだ。行けるのかね?」

「あれを大天使アークエンジェルと呼称するのは主への冒涜ですぞ閣下。極東の猿共に主が奇跡を齎す筈がありません。あれは所謂ただの突然変異体ミュータントですよ」


 若い男が最後に薄ら笑いを湛えて、霧かなにかのように像が溶けていく。


「行かせて良いのですか? 強いですよ、この国の戦士は」

「あの者は先の戦乱で両親を亡くしている。仇討をさせてやるのも悪くは無いでしょう」

「彼が倒されれば、私の拘束も解かれるのでは無いですか? 彼は魔術師でしょう?」

「仮に彼がやられても問題ありません。最悪私一人さえ残っていれば事足りる」


 単なる傲慢か、はたまた自身の異能と聖遺物に起因する自信か。出来る事なら前者であって欲しいところだが、まぁまず後者だ。この男、先程から油断も隙も全く見せない。


 僅かに俯きがちに歯噛みして、壁向こうにいるはずの馬鹿を想う。

 ネズミが大暴れする様は容易に想像つく。ダメだ彼とこの男を殺し合わせる訳には行かない。聖遺物持ちと戦闘なんてさせたら、死んでしまうかもしれない。

 彼とこの男がぶつかり合わないようにするにはどうすればいい……?

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