第二章17 囚われの聖女 一
吐息が零れる音がした。徐々に意識が浮上していく。やけに深い倦怠感を押して、どうにかこうにか瞼を開くと無数の大荷物が敷き詰められた長細い部屋に押し込まれていた。窓は無いが頑丈な鉄の扉がある。天井は余り高くなく、ゆらゆらとガス灯が揺れている。横幅も余りなく、圧迫感さえ感じる程。しかし、奥行きはかなり長い。この間取りには既視感があった。何度も体験した訳では無いが確かに覚えがあった。そう、これは――
「おい、もうそろそろ出発する時間の筈だろう? 何が起きている?」
男の声だった。何かで口元を覆っているのか酷くくぐもっているけど、何処かで聞き覚えのある声。それに何より、この言葉は……。
私の国の言葉。ということはつまり、私を連れ戻しに来た? それとも殺しに来たか。どちらにせよ、これは私にとって非常にまずい状況だった。とにかくここを離れなれなきゃ、そう思い手足に力を込めようとした瞬間、一瞬で力が根こそぎ抜け落ち、私の体は立ち上がる事なく真横に倒れ込んだ。
おかしい。どうなっている? 筋肉に力が入らない訳ではない。が、どうにも入れた力がたちまち抜けてしまう。この倦怠感は私の体の自由を奪っている原因から起因しているのだろう。
で? そんなことが分かっても何ができるというのだ。私自身が動けなければ助けを待つしかない。
誰の?
その疑問に咄嗟に過ったのは悠雅の顔だった。
私はまた彼に頼らないといけないの? これは私の問題だというのに? 最初は殺そうとしたくせに? ああ嫌だ。吐き気がする。私はこんなにも醜い女だったの? 手足が動かせていたら地団太を踏んで頭を掻きむしっていた所だった。
自分自身に嫌悪感を抱く傍ら、悠雅からの救いの手を心待ちにしている自分がいて更に嫌悪感が増す。それでいて、別の感情が入り混じっている。妙な高揚感と内をかき乱す焦燥に近い感情。同時に、そこに羞恥にも似たものが混ざっている。初めての感情だ。
ああだめだ。今はどうにかしてここから出る方法を模索しなければ。初めて感じ入る感情を後に、私は
治癒の力を以って体の自由を取り戻す。しかし、ダメだった。予想はしていたが実際に試して失敗する徒労感は容易に私に下唇を噛ませてみせた。私の治癒は外傷や解毒を治し、再生させるものだ。にも関わらず効果が無いということは私の体は健康そのものだという事。
「呪い……?」
物理的にではなく霊的にこちらの行動を縛り上げる。私の力をよく把握した上での人選に敬意を表したくなる。私の治癒能力はオカルトにありながらオカルトに対抗する事が出来ない。もし仮にこの力がオカルトに対しても力を発揮するのであればそもそも
少なくとも、こんなにも早く祖国とこの国のわだかまりに火をつけるような危険を犯すことはしなかった。
閑話休題。もしも、とか、たらればに意味は無い。私が今向き合うべきは床の染みの一つの様に寝転がっている自分とだ。
歯噛みしながら這うように壁に近づき、何とか上体を起こす。せっかく高い金を払って購入した和装が薄汚れてしまった。とは言え、手を使えない今払う事も出来ない。連中を踏ん縛って弁償させてやるとしよう。
私は改めて思考を回転させる。この二本の足で立って、この小さな部屋から出た上で、連中の鼻を明かす方法は無い物か? いっそ雷で辺り一面一掃するか? ああ、ダメだ。この部屋の外がどうなっているのかわからない。発電の応用で探知を試みるも、この部屋はどうも電波の類を通さないらしい。もしも外が住宅街や繁華街だった場合無差別殺戮を行う事になる。それだけはだめだ。絶対にダメだ。私はそこまで落ちぶれる訳にはいかない。人として超えてはならないライン。他国と言えども無辜の民を、この私が、一方的に殺してはならない。それに何より、あのバカな男が信じようとしてくれているのだ。
ええ、わかってる。非効率な事くらい。だけど、それでも、あの単純で愚かな男を騙すのは余りに心苦しい。
壁伝いに移動を始める。とにかく情報が欲しい。金属の刺す様な臭い顔をしかめながら壁に耳を当て、移動する。
外からの音は無い。先の声は相当張り上げられたものだったのだろうか? しかし、ここでやめる訳にはいかない。私の目的はアンタたちの思惑に
「——痛っ」
不意に痛みが走り、びくりと体が跳ね、再び私の体は床の染みとなった。
「静、電気……?」
ふと、頭の中がクリアになる。焦燥で渦巻いていた頭の中でかちりと何かが嵌ったような気がした。
「電気……」
人間の体には常に電気が流れている。脳から流れる微弱な電気信号を元に人は体を動かす。
私の祈りは豊穣。時に恵みを与える。そして、時に裁きを与える。雷、電気という形で。
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