序章9 闖入者
「なんだありゃあ……?」
そう思わず呻いてしまう程度には衝撃的な光景だった。
「あの鬼教官に頭下げさせるなんて、一体何者なんだろ?」
疑問を呈したのは俺の予備の軍刀を手にいつの間にか傍にやってきていた光喜だ。
「わからん。貴族か何かか?」
「違う」
そう言って話に割って入ったのは宗一だ。
「彼女の顔を見たことがない。雪乃はどうだ?」
「私もありませんね」
話を振った先の藤ノ宮も首を横に振る。
しかしながら、その返答の有無に関わらず俺としては言いたいことが一つある訳で。
「宗一よ、お前あんな童女の顔まで一々確認してんのか? 一体いつから童女趣味に走るようになったんだ? 流石に引くわ」
「僕もその趣味は流石にどうかと思うよ」
「お前ら殴るぞ」
修羅のような顔で肩口を発火させている宗一は岩よりも固く握り込められた拳に息を吐きかけている。
「おいおい火が出てんぞ。つか、そもそも事実だろ――ってぇ!!」
ゴッと鈍くも小気味のいい音が頭の中で反響している。業を煮やし、ついに強硬手段に乗り出しやがった。いわゆる鉄拳制裁というやつ。普通に痛かったので非難の眼差しを向けておく。
「へぇ、宗一さんは童女趣味。へぇ……そうですか」
「違うからな?」
「本当ですかね……?」
どうやら、獅子の尾を盛大に踏み抜いてしまったらしい。まぁ、俺自身には実害はないし、ちょっとした意趣返しだ。甘んじて受け入れていただきたい。
「後で覚えてろよ」
宗一は本気過ぎる視線を向けてくださった後、本当に
「童女趣味なわけあるか馬鹿共。社交界の基本は先ず顔を覚え、且つ覚えてもらうことにあるから、どんなに小さくともその場にいる以上顔を覚えなければならんのだ」
「社交界……ねぇ?」
俺には縁遠い場なのであまり想像つかないが、さぞや居心地が悪そうな場所なんだろうな。
「社交界はある意味で
どこか遠い目をしている宗一。こいつは根が真面目に過ぎるからそういった場が苦手なのだろうな。その上、やたら顔立ちは整っていやがるものだからご婦人たちに囲まれて狼狽える様が容易に想像できる。
「麗しき貴婦人たちが集う場でもあるのに失礼過ぎない? 僕だったら喜んでいくけどなー」
などと最高の笑顔を湛えてほざくのは光喜だ。
「光喜は得意そうだな。ご婦人たちを手玉に取りそうだ」
「宗一は固過ぎるんだよ」
「光喜は軟派が過ぎるがな」
「宗一と光喜を足して二で割ったらちょうどいい塩梅になりそうだな」
なんて、へらへらと笑いながら藤ノ宮に目を向ける。
宗一とは打って変わって藤ノ宮は得意そうだ。もちろん光喜とは違った意味合いで。
……こいつ、腹の中真っ黒だし。
「何か?」
にっこり、なんて擬音が付きそうなほどに可憐な笑顔だが、何故か背後に修羅を幻視をしてしまった。
「イエ、ナニモ」
思わず片言で返答を返してしまう。だって怖いんだもの。
居心地の悪さを払拭すべく、一先ず他の同輩達が控えている場所に移動しようか考えていた所で袖口を引っ張られた。
「?」
振り返るとそこには先の童女の姿があった。
鴉の濡れ羽のようなしっとりとした黒い髪。光喜ほどではないにしろ日本人離れしたはっきりとした目鼻立ち。そして、どこまでも吸い込まれそうな秋空のような瞳。
年の頃は七つか八つといったところだろうか? もう十年もすれば誰もが振り返るほどの美人になる事だろう。
「深凪悠雅、だな? それと、後ろの三人は間宮宗一と藤ノ宮雪乃、 小此木・アレックス・光喜で合っているな?」
「は、はぁ……?」
思わず返事とも疑問とも取れるか取れないか
「私の名前は【
「……、」
絶句。
二の句が告げないとはまさにこの事であろうよ。宗一と光喜はともかく腹に一物抱えていそうなあの藤ノ宮すらも呆けた面を人前に晒してしまっているくらいなのだからその衝撃は言うに及ばず。
「まぁ、驚くのも無理はないだろうな」
「そりゃあ……」
冗談か何かだろうか? という感想を覚えざるを得なかった。佐官云々ではなく、そもそもこんな小さな子供が軍属であるという所にある。軍上層部は一体何を考えているのか?
先の教官の反応からして少なくとも事実である事が窺えるが事実だったとしても常軌を逸しているとしか思えなかった。
高い能力を示すことで若くして尉官や佐官に選ばれることもあるだろう。だが、それとこれとは別の話だろう。如何に高い能力を持っていたとしても、これほどまでに若い――いや、最早幼いとも言える年齢の少女を佐官に起用なんておかしいにも程がある。
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