序章8 現人神―アラヒトガミ―
岩盤が裏返る。
怪物――藤ノ宮の式神はその強靭な健脚により大地を踏み砕きながら突っ込んでくる。
その腕はさながら砲身、拳は砲弾か。
響く轟音。単なる運動量による一撃が爆風を生む。
上半身と下半身は二つに別れ、四肢は吹き飛び、肉体は木っ端と化す。
「ああ――」
それがただの人間であったのならの話だが。
「——流石に痛いな」
いつまでも頬に擦り付けられている巨碗を払い殴り返す。
腹部を殴りつけられた式神はその衝撃に耐えきれず、背後の塀に叩き付けられた。
訓練とは言え、人知を超えた怪物と相対させられるその意味。それは即ち、受け手側も人としての規格を逸脱しているという事に他ならない。
「ああ、本当に、
「
さぁ、
「輝きは北にあり、切っ先は南を見ゆ。戦塵に走る剣閃一つ」
軍刀を深く握りこみ、
「死は別離を生み、私とお前の
それのみを願い祈る。
「私の生きる場所とお前の生きる場所を分かつだろう」
魂を満たす祈りは
「鬼道発現――‟
自分の中から流れ出す祈りを伏姫の刃に込める。
見た目に差異はなく、ただただ刃は剣呑な輝きを湛えている。しかしその実、既にそれはただの刃に非ず。
万象一切を切り捨てる――絶対切断の祈りを帯びた刃だ。
「ふっ――!!」
弾丸のような速度で突っ込んでくる式を真っ向から迎え撃つ。何物も遮る事の出来ない無慈悲な斬撃を
大木のような腕を切り落とし、足を切断する。筋線維、極太の
皇紀二五七八年、大正七年、十一月。欧州大戦末期。
時代は文明開化百花繚乱。時代の節目に立つ旭東日本皇国。
現人神と呼ばれる異能を振う超人と呪術と呼ばれる技術を振う呪術師が軍事力の一つとして数えられる超自然的社会。
皇国陸軍ではいずれ来る海外勢力との激突を前に現人神と呪術師の戦力拡充を開始。織田幕府から明治政府へと引き継がれた富国強兵という政策の名の下に多額の税金が注ぎ込まれている。
装備、環境、その他諸々。俺も現人神の一人として士官候補生でありながらも中々の給金をもらっていたりする。
こうした好待遇は海外に流出させないようにするための契約金みたいなものなのだろうか? 首輪の鎖のめいていて余り良い気はしないが。
「——はぁっ!」
足を切断され態勢を崩す怪物の首筋を切っ先が捉える。切断の祈りを帯びた軍刀は易々と怪物の首を貫き、そのまま横薙ぎに引き裂いて首を
命が尽きると同時に怪物の肉体は黒い粒子へと代わり、
「深凪様——よもや、この私を前にお気を抜いたりはしていませんよね?」
続いて、赤と青の二体の怪物が召喚される。先の怪物よりも一回りも大きく、更にはその手には巨大な金棒が握られている。
さながらお
そんなふざけた事を考えていたら青鬼が俺の脳天めがけて思い切り金棒を振り下ろしてくる。それを真横に飛び込むことで間一髪で避けるも、衝撃波であらぬ方向へと吹き飛ばされた。
青鬼は俺が態勢を直すよりも早く、先の攻撃で生じた瓦礫の塊を無造作に引っ掴むと力任せに投げつけてくる。
俺の頭よりも二回りは大きいだろうか? ともかく一般人が直撃すれば木っ端微塵になること請け合いの剛速球は転がり込む俺の横っ腹に直撃する。ゴム毬か何かみたいに跳ね転がっていた俺の体は追撃を受けて更に勢いを増し、演習場の壁に叩き込まれる。
ちかちかと明滅する視界が像をはっきり捉えられるようになった瞬間視界は黒に染まる。止めとばかりに赤鬼が金棒を思い切り投げつけてくれていたらしい。
鼻骨から砕け、顔面が押しつぶれ、肉がつぶれる音が生々しく反響する。
ああ、油断していた。呪術師‟藤ノ宮 雪乃”とはそういう女だった。
「……っ痛ぅ、くそったれ、遠慮がねぇなぁ……」
血まみれの顔面に雪がハラリハラリと舞い降りてきて気持ちがいい。再生を始めた顔面の血を拭い、上体を起こし、眼球を動かして藤ノ宮と怪物二匹の姿を捉える。
「やってくれるな、藤ノ宮」
口内溜まった血液を吐き捨てながら、軍刀の切っ先を向ける。
「貴方に手心を加えられるほど、私は自分の力を過信していませんので」
「……お前からしたら俺なんざ格下もいいとこだろうに。本気だというのなら英傑共を呼べよ」
痛い。痛覚という物をこれほど恨むことはそうはないだろう。しかし、それだけで済んだ事に現人神たる己の肉体に感謝した。
しかしながら死ぬほど痛い。超人やらなんだと呼ばれる現人神としても痛いものは痛いとご理解いただきたいと願いつつ、腹に突き刺さった瓦礫の塊を青鬼の顔面に投げ返してやる。
「流石ですね。普通の現人神でも耐えられても再生には時間が掛かるというのに、もう動けるなんて」
にっこりと、花が咲いたような笑顔で。
あの可憐な笑顔で同胞たちが何度再起不能(物理的に)になってきた所を見てきた事か。
「さぁ、剣をお取りくださいな。深凪様。我らの師が泣きますよ。貴方は、斬る事しかできないのでしょう?」
やかましいと言ってやりたくなる己を抑え込み、代わりの返答とばかりに軍刀を握りしめる。
そうだ俺は斬る事しかできない。軍刀でも大概のものは斬れてしまう。斬鉄すらも容易く行える、呪術によって作られた呪装軍刀であるなら尚更に。
なのにも関わらず、俺の異能は切断なのだ。他の現人神が司る異能の力と比べれば外れも良い所。
ならばこそ、俺はその分他の現人神より努力しなければならない。意地を張らなければならない。
「——シィッ!!」
金棒を
青鬼は先ほど俺が投げた瓦礫を払いながら金棒を振うが、
「おせぇっ!!」
金棒を切り払い、青鬼を脳天から一刀両断する。左右に切り裂かれた青鬼の肉体の間から藤ノ宮の顔を見据える。次はなんだ? とばかりに切っ先を向ける。が、
「あ」
思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
握る伏姫の刃が、砂の城か何かのように崩れ去った。
「くそ」
いつもこれだ。
俺が祈りを込めた軍刀はいつもこうして崩れてしまう。相性が悪いのか? 理由は未だにわかっていない。
「すまない。予備を取ってくる」
「ちょっと待ってください」
踵を返そうとしたところで藤ノ宮から声が掛かった。何ぞや? と振り返ると、
「やる気満々みたいですが、ここまでみたいですよ」
藤ノ宮は恭しくお辞儀すると視線を悠雅から校舎の方へと目を向けた。それに倣い後者の方へと目を向けると一人の和装を纏った童女を発見する。
なぜこんな所に童女がいるのか? 教官殿達の中の誰かのお子さんだろうか? そんなことを考えていると教官殿が童女に近づいていくのが見えた。
つまみ出すのか、と当たりを付けていたがそんなことは無く、むしろ教官殿はへこへこと礼を尽くす様が見えた。
その奇妙な光景に思わず呆けて柄だけになった軍刀を落としそうになった。
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