序章7 実技訓練

 富国強兵という政策は信長の世から続く旭東日本きょくとうやまと皇国を強国たらしめる為の足掛かりだった。

 いつか来たる外つ国との戦争を前にできる事はやっておかねばならないと踏んだ故。それが今後の世界情勢の、その趨勢すうせいを決めるのだと確信したのだ。

『平和ってのは尊いよな』

 いつだったか爺さんが口にした言葉を思い出した。

 平和というものは戦争があって、その戦争と対比されて漸く実感できるものだが、それは本来恒久的に続くべきものの筈なのに。平和を実感し、今が平和であると確信できる瞬間は戦争ありきの物であるというのは何という皮肉なんだろうな。


「——よぉい、てぇっ!!!!」


 声と砲声が轟いて、思考を引き裂かれる。

 隣の訓練場にて、教官の張り上げる声と炸裂音が雪がちらつく薄暗い冬空にどこまでも響いた。放たれる光弾は五十 メートル先にある人形ひとがたを易々と貫いた。


 皇国軍人の主力兵装である三八式呪装銃【八房やつふさ】は呪力を弾丸として撃ち出す呪術兵装だ。織田家が銃という兵器に目を付け、この国が古来より培ってきた呪術と組み合わせることで作り上げたもので、呪術という技術を簡略化に簡略化を重ね、そうしてできあがった使である。


 露西亜ロシアを破る事が出来たのもこの兵装を投入したことが一因だと言われている。

 国力差は数倍どころか十数倍はあった。平時の日本における国家予算、その数年分を使うほどの大戦争だったんだ。どこかでインチキをしなければ成立する筈がない。


「向こうは良いよね、勉強と射撃訓練と格闘訓練さえできれば士官入りなんだからさ」


 隣でぼやく美丈夫——【小此木おこのぎ・アレックス・光喜こうき】は口を尖らせながら足元の小石を蹴る。日本人と英国人との間に生まれるという、このご時世ではとても珍しい生い立ちをしている上に齢十三にして士官学校に入学することが許されるほどの才覚は未だ底が知れない。


「一般兵科はその分俺達みたいに給金が入らないだろ」

「でもさー」

「光喜はそれのおかげで食えてるんだから文句は無しだぞ」

「チェッ。悠雅はこういう時ばっか年上ぶる」

「実際年上だしな」

「僕より弱いけどね」

「クソガキめ」


 ぐりぐりと光喜の頭に梅干しをしつつも反論できない自分に僅かに苛立ちを感じ、そしてそんな自分の小ささに見苦しさを覚える。

 光喜は天才だ。年下の癖に本当にこいつは強い。


「悠雅ってさ、優しいよね」

「へぇ、その心は?」

「別に。たださ、こうして僕が調子に乗った事言ってもあんまり怒らないじゃん?」


 別に怒ってない訳ではない。

 だが光喜の言っていることは現実であり、光喜が俺よりも強いからこそその発言を受け入れられるのだ。

 しかし、光喜はそうした俺の思いを知ってか知らずか、続けて、


「そういう一面を見ると悠雅には敵わないなって思うよ」

「そんなもんかね」

「そんなもんだよ。それにさ、」


 光喜は付け加えるように、


「僕がここに中途入学してきた時、真っ先に声かけてくれたしさ」

「席が隣だったしな」

「それでもだよ。普通できる事じゃないよ。少なくとも僕だったら絶対しないね」


 それは見て呉れの話をしているのだろうな、なんて、自分の中で当たりを付ける。

 先にも述べたが光喜は日本人と英国人の親の間から生まれた人間だ。特に父の英国人としての血を色濃く受け継いでいるのかほとんど日本人に見えないのだ。さらさらとした銀髪に、はっきりとした目鼻立ちは日本人のそれから遥かに逸脱している。

 後は、顔の半分――鼻から額までを覆う仮面、だろうか。

 以前事故にあったらしく顔半分を焼けただれてしまっているらしく、それを隠すための仮面だ。

 そういった見て呉れの事もあってか遠巻きに見ている連中が多い。

 日本人は割と排他的な人種だからな。自分たちと違う見た目の人間を受け入れるのに抵抗があるのだ。そういう俺自身も排他的ではないと公言できる程自信はない。自信はないのだが、


「ほっとけなかったんだよ」


 本当にそれだけだった。

 こいつが初めて教室にやってきた時の目つきに、酷い既視感を覚えたのだ。

 後から聞いて納得したが、光喜は家族全員を亡くしているらしい。

 きっとそれを何となく察してしまったんだろう。そう思う。

 まぁ、だから、きっとこいつに声をかけたのは、とても、とても、本当に偶然だったんだ。

 そう意味では、光喜の言う‟俺が優しい”という言葉は間違っている気がする。優しい、なんて温かい感情ではなく、これは……もっとおぞましい別の何かだ。


「何そんな難しい顔してんのさ。天才の僕が両手放しに褒めてるのに」

「生憎褒められ慣れてないからな」

「それ胸張って言えることじゃないからね?」


 胸なんか張ってないんだが、そう言おうとした所で、


「——次、深凪!」


 自分の名を呼ばれた。


「ほら、悠雅」


 光喜に促されるまま腕を組む教官殿が立つ演習場の中心へと。

 砂埃が舞い、隣の演習場から響いてくる怒声やら射撃音が酷く煩わしく思える。道場とは正反対の場所だ。

 初めてこの場に立たされた時、その余りの違いに衝撃を受けたものだ。しかし、戦場により近い場所と言えばこの演習場で、慣れなければならない場でもある。


「構えろ、深凪」

「はい」


 腰に挿した軍刀――呪装軍刀【伏姫ふせひめ】を抜刀。

 伏姫を引き抜いた先の巨大な怪物と、その後ろに控えるを睨む。

 対術師想定の実戦形式の戦闘訓練。

 それはつまり生物という規格を遥かに凌駕した怪物達との戦闘を意味している訳で。


「まだ他の呪術師ならよかったんだがな」

「あら、深凪様は私がお嫌いですか?」


 呪術師・藤ノ宮雪乃は表面上にこやかに笑って見えるその笑顔は、なんともぞっとするもので。

 ああ、不可抗力が過ぎるだろう? と教官殿に文句を言ってやりたくなったが実際にやっては扱いが更に悪化するのはわかり切っているのでぐっと呑み込んでおく。

 対峙する怪物は彫像のように動く気配はないが指令が飛べば今にその自慢の巨体を使って襲い掛かってくることだろう。体長は十 メートル あるだろうか? そんなものを単騎で屠れという尋常じゃない状況。控えめに言ってもイカレた光景と言える。一般人にドス一本渡して暴れ象を相手に「突っ込め!」と言うのと同義だ。青幇ちんぱんだってまだまともな装備を渡してくれるだろう。

 なんて、そんな益体もない事を考えながらも軍刀を正眼に構える。


「深凪。この実戦形式の訓練の最終目標は対象の無力化だ。この訓練の意味するところはわかるか?」

おおむねは」


 それだけ答えると教官殿は一から十までちゃんと答えろと言わんばかりに睨みつけてくださるのでバレないように嘆息を零しつつ、


「‟現人神あらひとがみ”としての異能力と身体能力の出力制御ができているのか精査する事にあります教官」

「よろしい。ならば――藤ノ宮」


 藤ノ宮が小さく頷くとしゅを告げる。命を吹き込まれたかのように目に生気が宿り、首をもたぐ。輝く二つの眼光に込められるのは殺意だ。

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