序章5 竹馬の友 一

 日が昇って数時間と経つが空気はまだまだ冷え切っている。

 明け方のそれほどではないが軍服の上からでも寒気が肌を刺してきて、身震いが止まらない。


「うう、くそ……」


 外套に深くくるまって白い吐息を零しつつ、眼前の街並みを眺める。


 皇都。


 東京とも呼ばれる皇国最大の都市。亜細亜アジア諸国から見ても一、二位を争う程に巨大な経済規模、軍事規模を誇る。その昔、江戸と呼ばれたこの都市は、かつての織田幕府が東部をつつがなく治める為に作り上げた軍事都市だったが驚異的な規模の龍脈に目を付けた土御門家が遷都せんとを進言したことでこの国の首都になった。


 排煙を撒き散らす蒸気機関車と蒸気自動車。煉瓦レンガ造りの建造物。米国由来の建築技術による無数の摩天楼まてんろう

 かつて江戸の街並みを作っていた木造平屋の家々は皇都の隅に追いやられ、郊外に身を寄せ合うように集まっている。俺と姉ちゃんが身を寄せている爺さんの家もその一つだ。


 ここ五十年でこの辺りの街並みは激変した――いや、正確にはこの日本という国そのものが変わったとも言える。

 大政奉還。王政復古。幕府の廃止と廃藩置県。デモクラシー。

 黒船来航を端に発し、戊辰戦争を経て、政府樹立。いわゆる明治維新と呼ばれるに至った一連の流れ。織田家主導の元、ひたすらに軍拡を進めてきた我が国であったがそれを一辺倒に行ってきたツケを払わされるように米国を始めとした列強国家から圧力がかかったのだ。

 

 この国は国内の技術――取り分け軍事に関する技術の流出を恐れ、外貨を思うように稼げないでいた。それはつまり、質は良くとも量を稼げないのと同義で、要約するとこの国は物量に屈する形で外つ国に負けてしまったということ。


 その圧力に勝手に膝を折ろうとする織田幕府に対し、反対勢力が現れ、安土城の開城と共に幕府は解体された。それが五十年前の戊辰戦争の結末。それから五稜郭の戦いを経て、明治維新は完了した。しかし、国内の騒ぎは収まっても眼前に迫る欧州列強の砲門は依然としてその顎をこちらに見せている状況。

 時の明治政府は大いに焦り、最後の征夷大将軍【織田祐弘おだすけひろ】の判断に舌を巻いたと聞く。“この物量差はひっくり返せない”と。それがまた零落する筈だった織田家の評価を上げる要因にもなったわけだが。


 閑話休題。


 欧州列強は切迫していた。そもそも極東くんだりまで遠征している時点でそれは明白だった。

 欧州は既に自国で民の暮らしを賄い切ることができなくなっている。そこで白羽の矢が立ったのが白人国家ではない有色人種の国である我が国であった。周りに吹っ掛ければ周り全体が敵になるという状況では、国外に領地を作るのが最も安心で安全だった。そして同時にそれはある種の勲章のような意味合いも出来上がっていた。“欧州列強を名乗るなら植民地の一つや二つ、持っていて然るべき”みたいな。

 ここから削り取ればよい。どうせ相手は人ではないのだろうから。“平家にあらずんば人にあらず”という言葉があるが、それとよく似た感覚なのだろう。


 全く以って度し難い限りである。


「——悠雅、おはよう」

「ん、宗一か」


 ひょろ長い柱とばったり出くわした。まばゆい日差しに目を細めながら聞きなれた声音の男を見据える。【間宮宗一まみやそういち】という名をした大木。

 俺と同様に爺さんの弟子にして幼い頃からの腐れ縁。ついでに、代々皇室衛士隊の任に就いてきた間宮家の次男坊だ。間宮という家は、かの有名な源家の末裔らしく、掛け値なしの大貴族である。


「おう、おはようさん。お前がこんな時間にここ歩いてるなんて珍しいな? いつももっと早い時間に通学してるよな?」

「そうだな、いつもなら一時間は早い」

「早いのは知ってたけどそんな早くに行って何かやることあるのかよ?」

「教室の掃除と教練の予習だ。やることなら沢山あるぞ」


 まるで俺にも早く登校しないかと誘っているような目だ。朝稽古や朝食の用意などで朝の時間がない俺から更に時間を削ろうというのかこの野郎は。

 これ以上時間捻出するならそれこそ睡眠時間を削るくらいしかできないが、睡眠時間削ろうと考える輩というのは得てして睡眠の重要性を軽視している。

 俺としては睡眠のその重要性説いていきたい所だ。


「宗一よ、若いからって無理ばっかしてると近いうちに禿げるぞ? 俺は嫌だぞ? 同い年の腐れ縁が禿げる様を見るのは」

「別に禿げるのは構わんが、そもそも俺自身無理をしているつもりはないから禿げない。早く登校して掃除するのも教練の予習するのも俺自身がやりたくてやっている事だ」


 大真面目な口調で大真面目な事を宣うこの御仁はきょとんとした顔で俺を見下ろしてくる。

 ……なんか腹立つ。


「そういえば、今日も朝稽古してきたんだよな?」

「当たり前だ」

「……一本、取れたか?」


 先の二人とは違う、真剣な問い掛け。それもそうだ、宗一だって死ぬほど取りたいものだから。


「……いや、取れてねえよ」

「そうか」


 俺達の目指す英雄の背中は余りにも遠い。

 それでも、絶対に到達しなければならない英雄たかみに。

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