幕間

幕間



 ――——最初に去来したのは強い憧憬だった。



 一口で言えば、私は無能であった。私は欲したものすべて、この手をすり抜け、零してしまう。無能だから。人としても、兵としても、女としても。


 父祖が何百年も培ってきたその力、その術理、その知識。私はどれだけ努力してもそれを手に入れる事ができない。私には才能がないから。本家筋でもないから。


 ある時、私を美しいと言った少年がいた。嬉しかった。本家筋ではなくとも、私も媛であったから、才能の無い私を見て、誰もが忌避し、隠れて侮蔑の言葉を投げかけてくる者達が殆どだったというのに。


 でも、幼いながら彼の心がやがて本来のひめである少女に近づいていくのがわかった。彼は古くから聖帝の家系を守る者達の血筋。であれば、彼女に近づいていくのは必定であったとも言える。


 私は、それでもいいと思った。


 媛である彼女には既に添い遂げるべき人がいる。だけど、それを笠に着て二人の仲を分かつことはできなかった。


 彼らの事を見守ろう、そう思った。


 そう決意した頃、彼らの口からとある少年の名前を耳にするようになる。驚いた。彼らの様な身分が尊ばれる人間と友人になれる人間がいる事に。そして、何より、彼らが友人を作った事自体に。


 日に日に彼らの口からその少年の事に関する話題が増えていった。



 曰くその少年は、頭が悪いだとか。

 曰くその少年は、才能がないだとか。

 曰くその少年は、腕っぷししかないだとか。



 決して褒めている様には思えない言葉の数々。特に彼は酷く憎々し気に語る。でも、そこに嘲笑だとか、蔑みだとか、そういった悪意は介在せず、どこか悔しさを滲ませるように、どこか憧憬を抱いたように、あるいは憂いを帯びた様に、彼は少年の事について話してくれた。



 ――——次に去来したのは憧憬だった。



 今日、彼が頭にたんこぶを作ってきた。


 理由を聞いてみると、かの少年との剣術の試合に負けたらしい。


 心配する素振りをしながらも私の心は大いに躍った。少年の努力は無駄ではなかったのだと思った。私の努力がいつか実を結ぶとその少年が代わりに証明してくれた気がしたから。努力はいずれ報われる、そう思わせてくれたから。

 私はどうしようもなく憧れた。名前だけしか知らない、あった事もない少年に。




 ――――次に去来したのは驚愕だった。




 これは僥倖ぎょうこう。これを僥倖と言わずとして何を僥倖というのか?

 方向性は変わったものの、ひたすら諦めずに努力してきて、得体の知れない部隊に放り込まれた時は流石にくじけそうになったがそれも今では神様の思し召しだとすら、今は思える。


 彼が私の所属する部隊に入隊してくるのがわかったのだ。


 彼と会う事ができると聞いた時、酷く動揺したけど。私が憧れて止まない男が、どんな男なのか、興味と羞恥といろんなものが混ぜこぜになって……ああ、おかしくなりそう。




 ――――次に去来したのは歓喜だった。




 ずっと遅れていた彼が今日、やっとここに来るらしい。なんか、旧露西亜帝国軍とゴタゴタしてたとか何とか。兎に角昼過ぎにはこちらに来るみたい、今から待ち遠しい。だけど、同時に怖い。私は汚いし臭いから気に入ってもらえるかわからない。嫌われてしまったらどうしよう? もしそんなことになったら死んでしまうかも知れない。


 実際にあった彼は、大きな体と鋭い目つきをした男だった。私が想像していた強い男という像を遥かに超えて彼は荒々しい尊顔をしていた。

 興奮した。その晩、眠りに付けるかわからなかった。



 ――――最後に去来したのは諦念と憎しみだった。



 彼と添い遂げようと思った。


 しかし、彼は私の想いとは裏腹に、既に添い遂げる相手を選んでいた。あろうことか、今度は本物のお姫様だった。


 勝てるわけがない。本能的にそう思ってしまった。


 彼女は美しかった。同時に気高かった。私が勝てている部分など微塵も存在しなかった。


 だけど、今度は前の様にすぐに諦められなかった。




 悔しい――


 悔しい。悔しい、悔しい。


 くやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしい。





 ——私は何も手に入れる事の出来ない人魚姫にはなりたくない。


 だから、取り戻そうと思う。たとえ、全てを敵に回したとしても。

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