第一章10 一九四六年
「私からはこの艦についての君達の疑問への解答とこの異界から出る方法だ」
「ずいぶんこちらにとって都合の良い話だ」
「当然だ。私の要求はそれに値するものだからな」
「嫌な予感しかしないが」
「私の要求を飲んでくれるなら話してやる」
「……、」
宗一は怪物の前で黙りこくって、何か逡巡しているみたいに、視線を落として。
「俺たちにとってお前は異物だ。俺たちに信頼されたいのなら何か提示しろ」
「つまり、前払いとしてどちらかの情報を提示しろという事か。良いだろう、ではこの艦とお前達を取り巻く状況について話してやる」
怪物は先ず偉そうに椅子に座ると一言。
「ある程度、推測が交じることになるが――」
何て、切り出した。
致し方無く彼女(?)の話に耳を傾けてやる。最初にあったのはこの女がどうやってこの場所に来たのか、という事だった。彼女がここにやってきたのは人間の時間計算で行くとおよそ九百年前。大江山という所でとある鉱石の採掘を行なっていた最中の出来事だったようだ。その時、丁度人間と鬼の戦争の真っ只中だったらしく、彼女とその仲間達はその戦争に巻き込まれ、この逢魔ヶ刻へと落下した。
何故合戦場で採掘をしていたのか気になる所であるが、話は次の段階に移る。
彼女達は最初、第一層に落ちたらしい。話を聞く限りどうやら明治神宮の建立予定地の丁度真上に。当初、意味が分からず彼女と彼女達は大いに混乱したらしいが直ぐに外に出る方法を模索し始めた。この世界にも彼女達たちの欲している物が多くあったようなのだがここにはどうにも種として危険すぎる生物が多く居すぎた。
彼女達は外に出る為の過程で大江山で人間と戦争していた鬼はここから這い出したものだと結論を出す。外の生態系であんなものはまず生まれない、と言って。更に付け加えるように、あんな生物に食らいつく人間もまたイカレているが、と述べた。
閑話休題。
鬼達が出る方法を知っていると踏んだ彼女達はひたすらに観察を続けた結果、鬼達はある一定の力量を備えるようになるとそれそのものが空間を歪める特異点となって異界に穴を穿つようになるらしい。そして、それはこの異界の外へと旅立っていくのだとか。
このあたりの情報は俺達もまだ掴めていなかった為、少々言葉を失ってしまった。しかし、彼女はそんな俺達を置き去りにして続ける。
彼女達は鬼達の外に出る方法を参考に何度か、特異点を開けることに成功した。しかし外に出ること叶わず比較的に安全だったこの第二層で留まることになったらしい。
「……、」
妙な話だ。力を持った怪物達が外への穴を空ける。これまでは良い。だが、
『——貴様、何故ここが第二層とわかる?』
「おや、剣がしゃべった」
『わざとらしい反応をするんじゃない。貴様らが我らの事を知らない訳がないだろう。我らは貴様らを叩き潰すために生まれたのだから』
「…………そんな事まで知っているという事は純正品か。実物を見るのは初めてだ」
叩き潰す為ってのはわからんでもないが、“純正品”? アマ公が? そりゃあ神器としては純正品だろうけど、改まって言うほどの事だろうか? ……こいつら何の話をしていやがる?
『気にするな』
「何?」
『気にするなと言っている。お前は今は己を高める事だけに注力しろ』
……こうして、そうあからさまに隠されては逆に気になってしまうものなんだがな。とはいえ、俺がここで口を出してしまってはただでさえ逸れている話が余計本筋がずれてしまいそうだ。それに、俺の疑問は今アマ公が指摘したことだ。今の俺にとってはこちらの情報の方が重要だ。
『この異界・逢魔ヶ刻を下る方法は二つ。一つはお前達がやったように無理やり抉じ開ける方法。そして、もう一つ。正規の降下方法――“階層主を討滅し、門を開く方法”だ』
つまり、あの深紅の皇都で俺がやったようなことだろうか? ということは、あの穴は開くべくして開いたということか?
俺が内心浮かべた疑問にアマ公はひっそりと肯定して、
『一つ目の方法ではどこに開くかわからない。お前たちが今まで何度穴を抉じ開けたかは知らんが、この層が第二層と言い切れる理由がとんと思いつかん』
「ふむ、鋭い質問だ。その問いに対してきちんと答えるとするなら、他人に聞いたと答えればよいかな」
「先代か?」
宗一が問えば、「さてなぁ」なんて胡散臭く笑って、
「ここに落下してくる人間に一々素性なんて聞かないからね」
どの程度の頻度でここに人間が落下してくるのかわからないが、この口振りだと結構な確率で落下してきているように聞こえる。にも拘らず人っ子一人、影も形も無い。つまり、彼らは……。
やはり、この場所は征圧しなければならない。改めて、己の使命を深く胸に刻む。
ヴィクトリアの話の続きを更に耳を傾ける。彼女等はその幾度かの落下によってわかったのが現世における連綿と続く時間の流れの一部を刈り取ったものらしい。いまいちピンと来ない言い回しに小首を捻ると彼女はわかりやすくこう伝えて来た。
「第一層目は西暦一九一八年の皇都で流れていた時間の一部刈り取って作られたものだ」
俺達のよく知る皇都がそのまま写しのように鎮座していたのはそれが理由だったらしい。では、この場所は何だ? という疑問に当然行き着く。
「この場所は西暦一九四六年。太平洋沖、ビキニ環礁」
彼女は今以下に信じ難いことを口にしているか理解しているのだろうか? そんな思いを知らぬ存ぜぬというふうに彼女は薄く笑っている。
「ここが……未来なのか……」
思わず、零してしまう。次いで、俺は彼女に食い入るように問い詰める。
「……俺達の国は負けたのか?」
すると彼女は目を伏せて、
「そこまではわからない。この情報は行く先々にある遺物から得た情報だ。外の歴史までは把握出来ていない。しかし、推論ではあるが……」
彼女はそこから先を口頭では伝えなかった。馬鹿に沈痛な面持ちで、自分の事みたいに。
しばらく声が出なかった。これから先、三十年もしないうちに、この国は滅んでいるかもしれないと想像したからだ。
強くなりたい。純粋にそう思った。結末を知ったなら出来ることだってある筈だ。
強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって――強くなる。
そうでなければ、このままでは爺さんとの約束を守れないから。
「――呼ん、でる?」
不意にベッドの方から声がした。瑞乃が起き上がっていたのだ。
声をかけようと駆け寄ろうとしたがどうにも様子がおかしく焦点の合わぬ目でふらふらと幽鬼みたいに、漂うみたいに寝室を出ていく。
彼女の後を追うと、瑞乃は艦橋で、何かに追いすがるように手を伸ばして、
「――長、門……」
そう、呟いた瞬間、轟音と共に艦が起動した。
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