第一章9 ミ=ゴ

「……成る程、合点がいった」


 戻ってきた宗一に先の文書を見せてからの一言。正直、宗一が放った一言は予想だにしていなかった。てっきり「寝ぼけた事を言うな」とでも言われるかと思っていた。むしろ、そうなる事を望んでいた、と思う。こんなもの夢物語だと、誰かが適当な事を書き連ねているのだと言って欲しかった。


 しかし、あろうことか宗一はこの文書を肯定してしまった。この男は現実的な男だ。紙切れ一枚に惑わされる人間じゃない。


「根拠はあるか?」

「まず、装備が良すぎる。朽ち果てている部分もあるが、それでも今のまま稼働させてもそこそこの戦果を挙げるだろう」


 宗一は俺の問いに淀みなく答え、更に続けて、


「敵地への攻撃に備えて海軍や空軍の装備も粗方頭には入れていたが、この艦の装備は見た事がない物ばかりだった。それに何より、皇国海軍が保有する軍艦にこれほど巨大なものは存在せんし、長門ながとという名前に聞き覚えが無い」


 それは、詰まり、


「この艦は恐らく未来の遺物だ」

「未来の、遺物」


 逢魔ヶ刻はどこに繋がっているかわからない。ひょっとしたら、未来にだって繋がっているのかも知れない。でなければこの艦の存在が説明つかない。だからと言って簡単に認められるほど俺は頭は柔らかく無かったらしい。


 それに、だ。この文書の通りの未来があったとして、皇国が負ける事など断じて許容出来るはずが無かった。


 島国である皇国が本土決戦にまで追い込まれているとはそういう事だ。この文書の大東亜戦争なる戦争において皇国は負ける。確実に負けてしまう。


「度し難い未来だ」


 宗一は眉根を潜めて零す。これがこれから本当に起こることだったとして、皇国の軍人として余り気分のいい話ではない。


「未来の遺物というが何でこんなものが平然と放置されているんだ? いや、そもそも何で未来の遺物があるんだ?」

「――その疑問について、答えてやろうか」


 不意に背後から声が聞こえた。子供とも成人とも老人とも違う、年齢という概念が喪失しているような女の声だ。


 この艦の中には俺と宗一、そして瑞乃しかいない。人間は。

 つまり、


「化け物かよ」


 天之尾羽張を手に、背後の怪物を拝まんと振り返るとそこには海老やらかにやらザリガニやら様々な甲殻類をごちゃ混ぜにした体に昆虫の羽根を付けた怪物が背中に銀色の箱を背負い、いくつかの触腕を蛇のように蠢かせて佇んでいた。頭部と思しき部分にはキノコの笠を乗せており、一言で言えば今までこの逢魔ヶ刻にて遭遇してきた怪物の中でもダントツで気色悪い生命体だ。しかも、人語を介して来るあたり性質たちも悪そうだ。


 こんな気色悪い生命体は瑞乃にはとてもではないが見せられない。早々にたたっ斬るのが吉だ。


「死んどけ怪物」


 抵抗される前に一瞬で片をつける。天之尾羽張と黒い炎で塵も残してやるものか。


「わああああああ!! ストップストップタンマタンマタンマタンマ!! 降参降参降参!!」


 刃を振り下ろす直前、怪物はハサミと触腕を真上に上げて降伏の仕草を見せた。その情けない姿に思わず面食らって刃を止めてしまう。


「――はぁはぁはぁ、死ぬかと思った」


 汗を拭うみたいに触腕でキノコの笠を撫でる。

 何だこいつは? ダントツで気色悪いがそれ以上にダントツで人間臭い喋り方に仕草であった。


「ベラベラと日ノ本言葉喋りやがって、テメエ何者だ?」

「私はユゴス星から来たミ=ゴという種族の@¥&?@!の¥(&!/@だ。……あれ、表層情報シンボライズが足りない? 弱ったな……近い意味を持つ言葉は……女帝エンプレスか。【ヴィクトリア】とでも名乗ろうか」


 ゆごす? みごう? しんぼらいず? えんぷれす? ヴぃくとりゃ? 何言ってんのか何一つわからねえ。サッパリだ。


「テメエ日ノ本言葉喋れよ」

「さっき文句言いたげだったのに酷くないか!?」


 別に文句が言いたかった訳でなく本当に何で喋れたのか聞きたかっただけだ。喋れるなら日ノ本言葉で喋って欲しい。ただでさえ訳の分からない状況で訳の分からない情報ばかりが集まっているのだからこれ以上意味のわからない情報を増やさないでくれ。頭がパンクする。


 苛立つ俺を片手で制して宗一が前に出た。


「ヴィクトリアとやら、疑問に答えるとはどういう事だ?」

「こんな状態では話せるものも話せないと思うがね」


 宗一に問いかけられた怪物はどうやら俺に剣を下げさせろと訴えているみたいだった。俺はそれを聞きながら、馬鹿かこいつは、と内心詰なじっていた。逢魔ヶ刻の怪物共には何度も殺されかかってんだ。話を聞く余裕はあっても剣は下げる余裕は無い。


「どうにも立場がわかっていないらしいな、怪物。お前はただただ粛々と言われた事に従え」

「とんでもない野蛮人だな。さては君らあれだろう? 平安か戦国か明治大正辺りの合戦大好き人間だろう? 昭和の人間はもう少し賢い」


 怪物は続けるように「魔性慣れしている辺り昭和はそもそも有り得ないが」とか何とか、意味のわからない事を宣う。

「御託はいい。さっさと言え」

「まぁ待て、その前にそちらのお嬢さんが意識を取り戻しかけている。このままでは私を見て良くて気絶か、発狂してしまうぞ」

「じゃあ殺す」

「本当に野蛮だな!? 悪即斬とか野蛮にも程がある――わかった!! わかったから!! 五秒くれ!!」


 怪物はそれだけ言うと触腕を使って器用に扉を閉めるときっかり五秒後「またせたな」と口にしながら姿を現した。それもとして。

「ふふん、お前達の美的感覚にのっとって作った偽鎧ぎがいさ。中々美しいだろう?」


 何やら得意げに語っているが、そんな事よりも目の前の怪物が、一体何をしたのか? という疑問でいっぱいになっていた。


 変身能力か、或いは視覚情報を書き換える類の幻術か、どちらにせよ相当厄介だ。今この場で切らなければ後々いらぬ禍根を残す羽目になりかねない。



 ――斬るか。



「警戒心を解くためにやったつもりだったが、かえって逆効果だったか。だが本当に待ってくれ」


 刀身にさらに祈りを込めようかという所で怪物がまた両手を上げて降伏する姿勢を取った。


「動けなくするために縄で縛ってくれてもいいし、この際もう剣を向けたままでもいい。だから話をさせてくれないか」

「何が目的だ?」

「取引がしたい」

「取引がしたい?」


 怪訝そうにオウム返しする宗一。俺も多分同じ顔をしていたと思う。そもそも、この異界の怪物が流暢な口調で語りかけてくることも、言葉を介して取引を持ちかける知恵があることも今まで無かった事だ。警戒心を強めて然るべきだ。


「お前は俺たちに何を提供してくれる?」

「宗一!?」


 不意に妙な事を言い出した宗一に視線を叩きつける。こんな得体の知れないものの話を聞くつもりか?

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