序章8 機械仕掛けの武者
アナスタシアを抱え、飛び退きながら、
「鎧、武者……?」
自分で口にしていて意味がわからなかった。落下してきたそれがひたすらに大きな金属の塊に四肢が生えたみたいな怪物だったからだ。逢魔ヶ刻の大鬼ほどの大きさはないが、目測で四
「……まさか、」
逢魔ヶ刻から出てきた……!? だが、こんな化け物に見覚えがない。
困惑する俺を観察しているのかその金属の怪物は目か何かの様に二つ並ぶ緑色のランプが点滅させながら不気味な音が聞こえてくる。
――チクタク、チクタク
機械仕掛けの時計みたいな音。だけど、剃刀で肌を撫でるような不快さを湛えてる。
『チクタクマン? いや、ただの乱造品か。肝心の数式が入力されていない』
アマ公が何かブツブツと独りごちているが余りの剣呑さに問い掛ける余裕はなかった。
[敵性存在……発見……対神格術式ノ使用ヲ推奨。——承認]
ざらざらとざらつく音声は酷く空々しく熱を感じない。これだけならば判断の付けようがないが、呪力の流れを感じる。それも人のものの。
となれば恐らくこれは
さりとて、安心できるような存在ではない事を肌で感じ取る。ガチャガチャと狂暴な黒い怪物みたいな兵器に弾丸が装填されるのを眺めながら、天之尾羽張を召喚し、
あれはやばい。見てわかるようなものじゃないが、しかし、感じる。ウラジミールと戦った時と同じ感覚。あれは、俺の命を刈り取れる脅威である。
[一五mm・
「神話再現――」
[――
「――
直後、黒い炎と徹甲弾が激突した。衝撃波だけで吹き飛びそうになるのを天之尾羽張を地面に突き立てる事で耐える。後、寸で祈りを展開するのが遅かったら上半身が吹き飛んでいた。剣呑、実に剣呑だ。どこの誰だか知らないが、こんな街中でそんな物騒なものをぶちかましやがって。
「テメェ……」
[敵性存在、強度数値ニ誤リ有リ……大幅ニ上方修正……再計算ヲ開始……当機ニ敵性存在へノ有効装備無シ。敵性存在ノ撃滅ハ不可。同志ジェレヴェンコ中佐ノ退却ヲ確認。撤退ヲ推奨……承認]
胴体に取り付けられた無数の噴射口から青白い炎が顔を覗かせる。飛んで逃げるつもりかこいつ……!?
「させるものかよ……!!」
咄嗟に浮き上がる鎧武者の右足を掴む。この鉄屑、さっきジェレヴェンコが云々言ってたな? こいつは絶対に逃がせねえ……!! 黒い炎で地面に杭を打ち込み無理矢理体を固定する。しかし噴射口から吐き出される炎によってどんどん推力をあげていく鎧武者。やがてのっぺりした材質の足を掴み続けるのにも限界が訪れ、放たれた矢のように鎧武者は空の彼方へ飛び去ってしまった。
「クソッたれ!!」
逃がしてばっかじゃねえか。飛んで追いかけるか? 目立つのは避けたいが四の五の言ってていい相手じゃねえ。あれは超人を殺せる正真正銘の化け物だ。
「――こんなところで何をやっている?」
こちらもいざ飛び立とうかという所で聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。振り返ればゴツゴツとした車輪を履いた大型の軍用二輪に跨る神祇特別戦技科、隊長・
「隊長……なんであんたがここに……」
「俺はこいつの雪上走行試験に駆り出されていただけだ。それでお前達は何をやっている? 第二階梯の祈りまで晒して。よもや先の鉄の巨人を追うつもりではあるまいな」
「当たり前でしょう!? あんな危険な物を放置しろというのですか!?」
「お前は自分一人だけで国を守っているつもりになっていないか?」
「そんなことは――!!」
「だったら引け。あれは今他の部署が追っている山だ。お前はお前の成すべきことがある」
逢魔ヶ刻の制圧。今俺達が成さねばならない事。あれとやりあって万が一怪我でもすれば本来やるべき使命に支障が出る。わかっている。そんな事を言われずともわかっているのだ。だが、明確にある脅威を見過ごす事に猛烈な罪悪感があった。
「あれは帝国軍残党が持ち込んだものですか?」
言葉を詰まらせる俺に代わってアナスタシアが問うと隊長は僅かに逡巡を挟み、首を縦に降って肯定した。
「まだ、諦めて無かったのね……」
「ウラジミールという首魁を失った後、今は別の人間を筆頭に活動している。確かジェレヴェンコとかいう元水兵を」
「……っ!!」
誰かが息を呑むような音がした。誰か、とはわざわざ名前を出すまでも無いか。
「もし仮にその首魁、ジェレヴェンコが捕らえられた後、彼と面会することは可能ですか?」
「無理だ」
アナスタシアの問いに隊長は無慈悲なくらい低温な声音で回答してみせた。余りにもあっさりとばっさりと一言で否定されたお陰で彼女は完全に絶句していた。
「ところで我らが特効隊長に衛生兵。こんなところでいつまでも脂を売っていていいのか?」
そう言われて時刻を確認すると午後四時を大幅に過ぎていた。ああ、これでは走っていっても間に合わない。丁度いいこの祈りの黒い炎を使って飛んで行こう。それなら確実に間に合う。
『祈りをそんな下らん事に使う気か? 私は手伝わないぞ』
「な――」
途端、天之尾羽張は左腕に還り、それとほぼ同時に黒い炎が立ち消える。第二階梯に至って尚、俺は刃物が無ければ祈りを発現できないらしい。しかしながらどうしたものか、これでは宗一と大佐に怒られる。宗一には殴られるだろうし大佐には……正直何されるか全くわからん。だが、確実にろくでもないことはされそうだ。
「今すぐ戻るというのなら連れ帰ってやらんことも無いが」
「なんだかまるで今からでも間に合うみたいな口振りですね?」
「そうだ」
「どうやって……?」
「無論、こいつでだ」
そう言って指さす先に件の軍用二輪だ。
「これで本当に間に合うんですか?」
「もろちん!!」
問うたアナスタシアが再び絶句した。しかも今度は思い切り顔を引きつらせている。この場合俺はどういう反応するのが正解だろうか? とりあえず握り拳を作っても良いんだろうか? 良いよな。
「怒るな怒るな特攻隊長。衛生兵もそこまで弱くない筈だ」
「そういう問題ではないかと」
「皇女殿下ー皇女殿下ー、オオイヌノフグリと言っては貰えないだろうか!?」
「いい加減にしろ――!!」
「んっふぅ……」
そこそこ強めに殴り付けたにも関わらず隊長殿は何故か心底嬉しそうというか、恍惚そうなだらしない面を晒していた。
転んでもただじゃ起きないその精神、本当にあっぱれだよクソ野郎。
「――急ぐんじゃ無いんですかねぇ、隊長?」
「冗談ではないか。心にもう少し余裕を持てよ深凪悠雅」
誰のせいで余裕がなくなってると思ってんだこの男は?
「悠雅、ダメ。刀はダメ」
「くっ……!!」
危なかった……アナスタシアが止めてくれてなかったら軍刀を抜刀していたかもしれない。
「――さて、夫婦漫才にも飽きた事だし二人ともこの俺に掴まるがよい」
「夫婦漫才なんて一片たりともしてないし、俺達はただただ引っ掻き回されただけなんだが?」
隊長は極々当然な反論を当然のように受け流し、「しっかり捕まれよー」と何とも間の抜ける間延びした言葉の最後に、俺達は轟音と共に速度の世界に引きずり込まれた。
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