終章10 旧支配者ーThe Great Old Oneー





 ――我は歩む死




 ――我は大いなる白き沈黙の神




 ――我はトーテムに印とてなき神




 ――我は眼のある紫の煙と緑の雲




 ――我は封印を開くもの





「――The great old oneザ・グレートオールドワン風に乗りて歩むものイタクァ”」




 唱え終わると凍える程に冷たい風が吹きすさんだ。

 息吹。それを目の前の怪物が零した吐息だと思ったのは凍える風の中に生々しい温度を感じたから。


 グラグラと鳴き声を上げているのか笑っているみたいに忌鷹と呼ばれる怪物が揺れている。睥睨する赤い眼光の何たる下卑たもの。きっとこいつからしたら俺は犬か猫みたいな小動物に見えるのだろう。俺を容易く殺せるものだと確信しているみたいだ。


 舐めるなよ? ……とは流石に言えないか。だったら今のうち精々舐めていろ。その間にその首を取らせてもらう――!!


 だんっ、と大きく踏み込む。黒い炎を大きく噴射して更に加速させて。黒い天之尾羽張を振り下ろす。怪物はそれを巨大な氷の盾で防いだ。天之尾羽張の刃も分解の黒炎も切断の祈りすらも。


 以前なら驚いていただろうが、いい加減驚かなくなってきた。全く、絶対切断ってのが売りの祈りなのにな。だが、こういう時の対処法もいい加減学んでいる。それは――勇気と、気合い。後、根性。


 黒い炎が音立てて更に激しく噴射する。剣はさらに黒く巨大に。祈りを強く、深く。更に、更に、更に。爪の中に刃がめり込み始める。そこに真横から衝撃が走る。しかし、負けない。


 硬質化させた黒い炎で盾を作りつつ、黒い炎で更に背部から杭を地面に伸ばす事で吹き飛ぶのを防ぐ。


 近接戦闘は不利と判断したのか怪物は一気に後退すると無数の光の弾を放ってきた。俺はそれを黒い炎を放つ事でそれを迎撃する――が、光の弾は黒い炎を氷漬けにした上で砕き貫いた。どうやら高密度の冷気の塊らしい。


 黒い炎を氷漬けにする程の力。あれは黒い炎が分解するよりも早く凍らせているのだろう。つまり、俺が纏っている黒い炎の外套では防ぐことができないという事か。



 ――これは、拙い。



 殺到する光の玉を可能な限り回避し、絶対に出来ないものは直接叩き切って防ぐ。黒い炎は負けているがその核である切断の祈りそのものは通用する事に心底安堵する。しかし足元は霜はおろか氷漬けになっている。


 その状況に気分を良くしたのか離れたところから冷気の弾を連射してくる。調子乗っていやがんな。

 黒い炎で足元の氷を分解しながら再度接近。黒い炎の噴射で更に加速。一気に距離を詰めていく。しかし今度は氷の壁を作る事で俺の行く手を阻んだ。切り破る、そう思ったが中々に硬い。それなら飛び越えるまでだ――



『よせ、馬鹿者!!』


 アマ公の声を聞き届けるよりも早く、顔面に衝撃が走った。俺の体は面白いくらいあっという間に後方に吹き飛ばされゴム毬か何かみたいにゴロゴロと転がってからぼろ雑巾と化した。


 正直、痛みよりも驚きの方が大きかった。あと一瞬、黒い炎で盾を作るのが遅かったら首から上が吹き飛んでいたと確信したからだ。


『危なかったな。良くあそこで盾を作ったと褒めてやりたい所だが、余り無茶をするな馬鹿者。もう少し熟慮しろ』

「みんな同じ事を言うな……」


 ……まぁ、それだけ俺が短絡的に行動しているという事なんだろう。


『わかっているのなら改善しろ。お前に死なれては困るのだ。私も、お前の仲間達も』

「俺も死にたくはないな」


 うっすらと笑って、立ち上がる。その直後、轟音と共に足元から剣山の如く無数の氷の刃が俺を串刺しにせんと生えて来た。それを何とか回避するもその側から氷の剣山が生え、俺の行動を制限してくる。

 更にその上で、遥か上空から冷気の光弾の欧州。ただでさえ氷の剣山に四苦八苦しているというのに反撃はおろか回避するのもやっとだ。


「――っ」


 ずるり、足元が滑る。すると次の瞬間、氷の刃が腹部を貫通、更に肩、脇腹を貫いた。問答無用で血液が溢れ出た。黒い炎の外套のおかげで何とか致命傷は免れたがこのままでは負けてしまう。


 問答無用で溢れ出る血液を吐き捨てながら空を悠々と舞って嘲笑うみたいにグラグラと鳴く怪物を見上げる。あんな高い所から見下ろしやがって。


 黒い炎による攻撃は期待出来ない。そもそも早すぎる上に遠すぎる。全くもって当たる気がしねえ。かと言って切断するなら近づかなきゃいけない。


 俺にも翼があったら………。


「…………、」


 怪物の翼が空気を打つ音が無機質に反響するの耳にしながらある考えが脳裏を過ぎる。


『――正気か、悠雅?』


 アマ公がいよいよ俺の頭のイカレ具合に引き始めた。だが、そんな事は知った事ではない。俺は俺の力を信じているし、神器・天之尾羽張の事もこの上なく信用している。

 勝算はないが、確信はある。俺はきっと――



「――飛べる!!」

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