終章11 斬魔調伏

 外套から無数の噴出点を作り、俺は最大限に祈る。黒炎が噴出点からかつてない勢いで噴射して、俺の体を貫く氷を分解しながら俺の体を持ち上げた。そして氷がその圧に耐え切れず砕けた瞬間、俺の体は暗黒の空へ投げ出され、


「い゙っっっ―――」


 聞いたこともないような奇声を上げて乱回転して、そのまま地面に激突する。落下とか墜落ではなくまさに激突。……ここで諦めることも出来るがそうした所で奴には勝てない。


 次に俺が地面に足を着ける時はあのデカブツを叩き落とした時だと決意して再度舞い上がる。噴射の威力調節しながら態勢を整え、一気に怪物の元に突っ込む。


 天之尾羽張と氷の刃が激突する。無数の斬撃の攻防があった。瞬きする間に百度、一呼吸に付き万度、速度という概念を置き去りにして。

 硬い。切っても切っても、氷の刃は復活し、天之尾羽張の刃を受け止めてしまう。このままま拘泥していても埒が明かない。


「ぐぶっ――⁉」


 一際大きく天之尾羽張を振り被った時だった。忌鷹は強靭な足で腹をけり上げてきたのだ。


 視界に一瞬星が舞い、手から天之尾羽張がずり落ちる。

 拙い。


 咄嗟に黒い炎を糸状に編み上げて天之尾羽張を確保する。同時に渾身の力で引き上げ、怪物に投げつけた。ずぶり、肉厚の刃は鱗を切り裂いて左足を貫通。更に俺はそれを手繰る事で急接近。


 待ち受けるは両手を固めて作った氷の刃。対して俺は丸腰。ならば、作ってしまえばいい。

 黒い炎の自由度は高い。咄嗟でも盾、紐と様々な形に変わるし、硬度も自由自在。ならば、得物を作ることもできるはず。


 漆黒の炎がギラリと煌めく。想像するのは薄く、鋭い、刃の形。俺が最も信頼する剣の形に。


「ハァッ――」


 短い呼吸と共に黒炎の剣が氷の刃と激突する。同時に、腹へと思い切り膝を突き入れつつ左足に突き刺さった天之尾羽張の柄に手を掛け、一気に――切り裂く!!



「GYAAAAOOOOOOOOOOO!!!!」



 ここに来て初めて忌鷹が吠えた。左足を切り落とされて怒っているか? 小動物だと思っていた塵屑が己の首を刈り取る刃だと再認識したか? もう遅い。俺の刃はもう、お前に届いているのだから。

 お前は絶対にここから出させない。お前は必ずここで仕留める。逃しはしない。


 紫電一閃。鋭い風切り音と共に天之尾羽張の刃が煌めいて。更に怪物の右腕が切り落とされる。


「G、GY、GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」


 断末魔めいた叫びがこだまする。しかし、それで終わらせはしないとばかりに体を捻り、


「シィッ――」


 大木の如き右足を続けざまに切断する。灼熱の痛みに耐えかねたか光弾を射出しつつ、そして、一気に回避すべく高度をあげた。


「逃がすか――!!」


 光弾を回避し、負けじとこちらも一気に高度を上げる。忌鷹は昇ってくる俺を一瞥いちべつすると下卑た笑みを見せたかと思えば、機関銃の如く光弾を一斉掃射してきた。一、二、三……数など最早数え切れない、認識できるものも両の手の指では足りない。


 光弾が雨霰あめあられと降り注いだ。

 高低差というものはどんな戦闘においてもどうしようもなく有利不利を生む。この場合、奴が有利、俺が不利という事だ。しかし、速度は僅かに俺が上回っている。光弾を切り払い続けながら距離を刻む事ができる。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 思いもよらぬ奮闘に激憤する様子が見て取れる。怪物は最早は片腕、両足を俺の手で持っていかれているのだから当たり前だ。

 怪物は更に叫び、莫大な総量を持つ光弾を出現させる。見てわかる。あれこそが、あの怪物の力の本質にして、世界に齎す暴威だ。

 かつて、俺達の住まう地球という星は氷に鎖されいていた。これはそれを一部ながらに地表に齎す権能の一種であろう。即ち神の力に他ならない。


 斬れるのか? 一瞬ながらそんな迷いに囚われる。あれは紛う事なき神威である。神話に語られるべき力である。


『ここで迷ってどうするのだ』


 此処まで共に戦ってきた相棒の言葉が耳に入ってくる。


『あれが例え神話における審判の光だったとして、お前が諦める理由になるのか? お前は国の、民の、あの異国の少女を守る守護者になるのではなかったのか?』


 その通りだ。俺は剣になる。


『ならば私を握れ、悠雅。お前は神だ。そして、私は神器。必滅の審判など両断できる』

「応っ!!」


 冷気の光が落下する。まだ、刃も届かないうちから睫毛まつげが凍てつき、体中に霜が降りる。知る物か、一蹴して噴射を更に強めて光に突っ込む。

 俺は負けない。折れない。だから、こんな光なんて――!!


「だぁっ――!!!!」


 一刀両断。切り払う。黒い炎が両断された冷気を一瞬で焼き尽くしていく様を横目に、俺は更に飛翔する。そして、


「そ、こだ……!!」


 尻尾を引っ掴む。ここまで来てしまえばこちらのもの。尻から背中へと一気によじ昇って首を落とす。

 その意を察した怪物はもんどり打って暴れる事で振り落とそうとしてきた。このままでは首を落とす前に俺が落とされる。ならば、天之尾羽張を腰に突き刺し、必死でしがみ付きながら――再度、噴射口に炎を点火する。黒の炎が容赦なく推力を生み、歪んだ軌道を描いていた怪物の飛行を著しく阻害して、やがて頭上が地面を向いた。


 今だ。ここしかない。噴射による推力の強度を更に引き上げて、一気に降下する。



「行け――」



 もう終わりだ。怪物よ。忌鷹よ。



「——落 ち ろ おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!」



 最大量まで噴射口を増やし、最大出力の推力を以って、空から地面に突き進む。加減はしない。全力で。

 咆哮する。音を置き去りにして、速度の余りに熱量を帯びて尚、抑える事無く突き進む。落ちろ。落ちろ。落ちろ。そう願いながら。そして、爆音が轟いた。

 岩盤が裏返り、肉が生々しく潰れる音がしたがそれも爆ぜる音で掻き消える。



「————————、」



 大きく、胸を動かし、深い呼吸をする。

 最早、勝負はついた。血の海から這い上がる。びくびくと微かに蠢いている怪物を見下ろしながら、天之尾羽張を振り上げる。


「——終わりだ」


 抵抗はなかった。すとん、と逆に驚いてしまうくらいあっさりと、首が落ちた。


 終わった。遂に、終わった。歓喜に湧く内心とは裏腹に、体が酷く重い。思考すらも鈍い。祈りの使い過ぎによる精神力の摩耗が俺から思考力を奪っていく。

 何故か、どうしようもなく安堵して、俺はその場で倒れる。操り糸がぷっつりと切れたみたいに。受け身すら取れずに。もう指一本も動かせそうに無かった。


 やがて、視界がぼやけていく。耳が、音を拒絶していく。何やら、大地が揺れている。また、何かが、起きている? そう思えど、体が鉛の塊みたいに重くて、動けない。


 足の先から妙な浮遊感を感じてからすぐに身を横たえていた硬い布団が消え失せて。

 ずるり。落下していく感覚。

 危機的状況、なのかもしれない。しかし、碌に動けないし、動く気になれない。



「悠雅――!!」



 誰かの声が聞こえた。柔らかい手の感触と温もりがあった。目を見開けば、深紅の地獄にあって何よりも美しい輝きがあった。白い鳥と共に降りてくる、天女がいた。

 揺蕩う太陽みたいに輝くの髪と、空や海みたいな静謐を湛えた双眸が俺を捉えて離さない。暖かな小春日和を人の形にしたらきっと彼女の様な人間になるのだろうな。



「悠雅――!!」



 彼女はこんな状況にも関わらず笑って、俺の体を抱きしめた。甘やかな香りが鼻をくすぐる。血の臭いはもうしない。自分で治したのか、藤ノ宮に治してもらったのか。どちらかわからないが良かった、と心の底から思う。


 嗚呼。俺は彼女のこの顔が見たかったんだ。

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