終章2 死地への行進
――午後十八時を迎え、逢魔ヶ刻へと降り立った俺達は真紅の皇都を駆ける。今頃連中も降りている頃か。
出来ることなら先んじて迎撃をしたい所であるが藤ノ宮の放った式の
「孫子曰く、兵は拙速を尊ぶ。俺も後手は好きではないんだがなぁ」
「好きな人間などいないと思いますが」
隊長の一言を無残にも切って捨てたのは藤ノ宮だ。
呪術師の戦いは事前にどれだけの準備をしておけるかが生死を分けると聞く。突発的な短期決戦や奇襲は最も苦手とする戦場であり、俺達が挑もうとしているのはまさにそういった戦場だ。
「時間なら俺が作る。臆するな」
「……ありがとうございます」
宗一の言葉に少し頬を染めて彼女ははにかむ。それを見た光喜が意地悪そうにニヤニヤと、
「こんな所でイチャつく余裕あるなら今回の任務は楽勝そうだねー」
「小此木様、沈めますよ?」
にっこり、擬音が今にも聞こえてきそうなくらい藤ノ宮は可憐に笑みを零した。明日辺り、東京湾に光喜の土左衛門が浮かんでいそうだ。というか、こいつら余裕持て余しすぎだろう。
「――見えてきたぞ」
隊長の言葉に目を凝らせば大きな鳥居が見えてきた。
「嫌だね、まるでダンテになった気分だ」
とは光喜の一言だ。
「汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ、か」
「ダンテ・アリギエーリですね」
「雪乃も隊長も守備範囲本当広いよね」
「そこが売りでここに配属されたようなものだ」
にやりと笑んだ隊長はそのまま流れるように俺へと視線を向けた。
「だが、ここで真にダンテと呼ぶべきは深凪の事だろう」
「それでは彼女はベアトリーチェという事ですか?」
藤ノ宮は少し苛立ったのか眉を僅かに潜めた。
何だかよくわからない話をしていて、話の引き合いに出されているにも関わらずどこか蚊帳の外みたいな、少し複雑な気分だった。
何で俺がダンテとかいう男になるんだ? 半ば白けた調子で視線を送っていると宗一が一歩前に出る。
「ならばあれは、三途の川を前に飛び交う
鳥居の下に無数に群がる黒の殺意。露西亜帝国軍の残党。
「……呪術師が二十人弱、現人神が六人といった所だな。羽虫というには少々毒が強すぎるか」
「ウラジミールの姿が無いですね。既に奥に向かったか」
一体どうやってこの場所に来たのか、どうやってこの奥にあるものを突き止めたのか、そんな事は最早、
「深凪。ウラジミールの対処はお前に任せる。何が何でも楔は死守しろ」
「はい」
隊長は事務的に俺に命令を下す。失敗は許さないと言わんばかりに。
「死んだら祟るからね?」
「好きにしてくれ」
光喜は俺の死後のことも視野に入れて、自分は俺とともにあると言ってくれた。
「死なないでください」
「善処する」
お堅い藤ノ宮にしては随分と直球な言葉だった。そう真剣に言われたら否が応でも頑張りたくなる。
「勝て」
「応」
短い一言だった。語るべきことは既に語った。ならば後は剣で結果を示せと訴えてくる。
「では、行こう――」
隊長の言葉にそれぞれが、武装して祈りを、或いは術式を展開する。直後、黒い軍勢と激突した。
俺はその戦場の隙間を縫うようにすり抜ける。二度も敗北した俺を信用して送り出してくれた皆に俺は報わねばならない。
絶対に勝つ。あいつを取り戻す。天之尾羽張を握り締めて。俺は
この奥に何が控えているのか、敢えて思考の中から取り除き、天之尾羽張を深く握り込んだ。
やがて、大きな広場に出た。八つの巨大な鳥居があたりを囲うように配置され、祠の魔剣の祭壇を拡大した装いだ。その中心には祠と同じ様に鎖で縛り付けられた剣が祀られており、その手前に、あの男がいた。
ウラジミール・アレンスキー。彼の握るモルニアストレルカには既に
金糸のように美しい髪は泥で薄汚れ、白い玉のような額から今なお血が流れ出ている。
その様に、止めどない怒りが湧いた。俺の恩人に何をしたのか? 俺の戦友に何をしたのか? 俺の―――――、
怒りの沸点は容易く臨界点を凌駕し、思考も許さない程の速度で俺の体は駆動する。
「――――――――――っ!!」
驚愕するウラジミールの呻き声を置き去りにして、俺の手は彼女の元に、届く――!!
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