第四章6 露西亜の介入
「怪我してるわね」
ボソリ、隣で荒事を見ていたアンナが零す。何か意を決するように彼女は宗一の元に向かおうとするが、
「問題ない。この程度ならば雪乃の治癒で治る」
理解はできるが当て付けみたいなやり方は気に入らないな。一言言ってやろうかと踏み出す寸でアンナに手を掴まれる。
「止めて」
「今のはあいつが悪い」
「違うわ。あの人の反応が普通なの」
そんな事あってたまるか。
反論しようとしたが俺は言葉を飲み干した。アンナが俺の唇を人差し指で塞いだからだ。
「ありがとう。でも、本当に良いから。私を庇ったら貴方の立場、無くなっちゃうから」
そんな事で
「それにさ……きっと、貴方も私の事知ったら、彼と同じ様に思うから」
そう言って、アンナは薄く微笑を浮かべた。
「――うーむ、修復不可能なくらいこんがり焼いてくれたものだな」
消し炭となった牛鬼を前に隊長が渋い顔を見せた。そこに鼻を抑えながら光喜が近づく。
「いつもの事じゃん」
「先にも言ったがこいつらの骸が欲しいのだ」
「だったらたいちょがやればいいじゃん」
「頭脳労働担当にこれ以上仕事をさせる気か?」
「そのポジション雪乃に奪われそうになってるじゃん」
「俺はミスカトニックで培った西洋の異能技術の知識を以て別角度からのアプローチをだな――」
つらつらと横文字を交えて理由を述べているが要は戦闘ができないという事なのだろうか。ある程度会議をしたものの隊長は頑なに自分に何ができるかは語らなかった。
それはそれでどうなんだ、と思うものの暖簾に腕押しとでも言えばいいのか、のらりくらりと躱すだけで結局聞き出すに至れなかった。
しかしながら、彼には実績がある。先にも彼自身が口にしていたが彼はたった一人でこの地の調査を行っていたのだ。力はどうあれ相応の実力はあるのだろう。
そもそも単騎での調査を良しとしていた大佐殿の采配はかなり疑わしいものを感じるが。
「さて深凪よ」
はい、と返事をすれば実ににこやかな様子でこう述べた。
「次からはお前が倒すようにな」
にっこりと擬音がつきそうな実に胡散臭い笑顔である。俺としても別段断る理由はない。首肯して請け負う。むしろこいつらが外に出た時の事を考えれば是非もない。望んで切り刻んでやろうと思える。
「――おーい」
しげしげと牛鬼の死骸を観察していた光喜はからの呼び声に視線を移せば何か手に持っているのが見えた。
ぞろぞろと光喜の元へ移動すると隊長が吐息を漏らしながら一言。
「熱量で曲がっているが、モシン・ナガンの砲身か。牛鬼の中から?」
「うん」
「ふん、そうか」
隊長は銃の砲身を置くと軍刀で牛鬼の遺骸を開き始めた。むわりと立ち込める酷い匂いに思わず顔をしかめる。
雑食、或いは肉を食べる生物の肉は草食動物の肉に比べると臭いと言われる。人を焼けると酷い匂いがしてくるのと同じだ。
ある程度牛鬼の死骸をを開いた隊長は何かを見つけたのか、てらてらとした肉の中から何かを抜き出した。
「帽子?」
隊長が引きずり出した帽子は胃液に溶かされ所々に穴が空いている。しかし何故だろうか、どこか既視感を覚える。あれはどこで見たのだったかと首を捻っていると、アンナが小さく一言。
「……ロシア軍の軍帽よ」
そうだ。アンナを連れ去った連中が被っていた軍帽だ。でも、何で……?
「露西亜――いや今は
「ここは非公開だったんじゃ……?」
「非公開という体を取っているが、人の口に戸は立てられぬというしな。まぁ、情報がどこから漏れているかは大体予測はつくが」
背後で鯉口が鳴く。それがどこの誰で、誰が誰に向けているのかも分かっている。そんなものを黙って見てるわけがないだろう。腰に差した軍刀の
「そう殺気立つな。お前らが想像とは恐らく答えは違う」
「どういうこと?」
光喜が問うと隊長はそれまで崩す事の無かった
「他にいるんだよ。腹立たしい事に手を出せない所に」
「手を出せないって……まさか軍部に内通者って事ですか?」
苛立ちを抑えて隊長は首を縦に振った。
「上はなんでそんなやつを放っているんですか?」
「第三階梯――“天津神”に至っている怪物だからだよ」
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