第四章5 牛鬼
祈りの発露に呼応した牛鬼は
警戒する牛鬼に痺れを切らした宗一が前に出る。自らの発火能力で爆風を生み出し、その圧力を利用して彼は銃弾の如く疾走する。
一瞬にして自らの懐に入り込んだ異物に対し、牛鬼は極太ながら
宗一はその一撃を灼熱の炎をまとった長剣で起動をずらし、最低限の体さばきのみでそれを回避して見せた。そのまま大地に突き刺さった足を焼き切るべく長剣を振り下ろす。しかし、長剣は足に食い込む気配すら見せなかった。僅かに焦げ付くのみに留まり、その直後宗一の体を軽々薙ぎ払った。
「……硬いな」
とはたった今、建物に吹き飛ばされた男の言葉だ。何処ぞの骨でも折れたのか少しばかり声が鈍い。
「手伝ってあげようかー?」
「いらん」
意地悪く笑う光喜に埃を払いながら提案をつっぱねて、長剣を地面に突き立てる。もうもうと地面から沸き立つ熱量によって、当たりの気温が跳ねあがった。すると次の瞬間、グラグラと牛鬼の足元が波打ち始めるのとほぼ同時に橙色の光が街道を溶解、溶岩と化した街道に沈み込む。
身動きが取れなくなった牛鬼に宗一は再度爆圧によって肉薄。長剣を振り被る。されど今度は馬鹿正直に接近したわけではない。硬い甲殻に覆われた部分ではなく骨の繋ぎ目、関節部に長剣の刃を差し込み、爆破する。
急に足を一本失った事と爆風によって牛鬼は悲鳴を上げながら崩れ落ちた。立て続けに宗一は柔らかい腹の部分に深く長剣を刺し込み止めを刺さんと爆炎を放つ。
しかし、牛鬼もその巨体に見合った生命力を持っているらしい。腹を裂かれ、炎で焼かれながらも未だに立ち上がる余力を残していた。
牛鬼は背中の甲虫のような羽を広げると剣を突き入れている宗一諸共、溶岩の池から飛び立つ。酷い臭いのする体液を滝のように流しているもののその殺意は止んでいない。普通の動物ならばあれだけの致命傷を負えば自ずから逃げ出すものだ。しかし牛鬼に逃走の意思は見られない。
必ず殺すという闘争本能しか感じ取れない。
牛鬼は宗一を振り払うべく建物にぶつかりながら大きく旋回、もんどり打った。
「しぶといにも程がある――ぞっ!!」
牛鬼に突き入れていた剣を抜き放った宗一は自ら落下、着地して見せたと同時に長剣から更に火炎を放出する。轟々と音立てて燃焼する炎は空を焦がすように立ち上る。
「燃え尽きろ――」
長剣を振りかざすと同時に切っ先から強烈な祈りを以って紡がれる紅蓮の業火が牙を剥いた。その様はさながら昇り龍が如く。牛鬼の元へと殺到する。
炎の龍は容易く牛鬼の巨体を飲み込むと断末魔すら上げさせることなく一瞬で炭化させてしまった。炭化した牛鬼の遺骸は浮力を失って落下、粉々に砕け散る。
「……くそ」
思わず悪態を吐いてしまった。しかしそれも無理からぬ事だと俺は思う。俺がこの地の怪物共と戦闘を行った時はかなり苦戦したものだが、それをこうも軽々と倒してくれると少しばかり嫉妬したくなるというもの。
しかし、それにしても鬼に金棒というのは、この事を言うのだろうな。
本人は謙虚にも「間宮の家の人間だからだろう」などと、口走っていたがそれを含めてもこの男の優秀さは上層部にとって目を見張る物があった。その理由は彼の異能にある。
宗一の異能は炎。発火能力だ。強力であるものの、ありきたりかつ、同様の祈りを持つ現人神は少なくない。悪しざまに言えば平凡極まりない祈りだと言えた。日本全国にいる現人神でも発火系統の現人神は全体の約二割を占めると言われる程だ。軍学校でも現人神ばかりが集められた組にいれられたが一組四十人の中に九人もいたのでその統計は凡そ間違っていないだろう。そんな九人の中の一人だったが、その質に置いては他の追随を許さぬ物があった。
異能という力は狂おしい程に祈り願った先に得られる力である。何を祈ったかで種類が決まり、その祈りの深さで質が変わる。
詰まり、宗一の異能は質――純度とも言い換えられるそれが非常に高い。
一般的な発火系統の現人神が起こせる炎の温度は約百二十度に対し宗一の炎は二千度、瞬間火力は摂氏四千度近くになる言われている。その恐るべき熱量は直接炙らずとも単なる余波で火傷してしまう程だ。
更に、熱量だけではない。放出できる炎の量、光の眩さ、そして本人の非凡な才能が可能にする幅広い応用力。正直学者先生になってもやっていけるのでは? と思う程度には頭が良い。例えば先の爆風を利用した移動法や地面を溶解して溶岩の池を作るなんていう発想を戦闘中に考えて実行に移すなど少なくとも俺だったらできない。
俺がもし宗一と同じ発火能力を持っていたら。
敵がいる。燃やす。死ななかった。じゃあ死ぬまで燃やす。
このくらいはやりそうだ。我ながら短絡的過ぎて頭抱えたくなるな。
閑話休題。
そんな優秀な間宮宗一という男。俺は天之尾羽張という神器を持ったことでようやく彼に追いついたと心の片隅で少し喜んでいた。しかし、現実は甘くなかった。宗一は神器を既に手にしており、以前までは見た事すらなかった巨大な炎を操るようになっていた。
優秀な現人神と神器。これを鬼に金棒と言わずしてなんと形容すればいい?
幼い頃から勉学と異能の力では木っ端微塵に叩きのめされ、武道は常に拮抗状態。何か一つぐらい上回るものがあっても良いではないか、と常々思っていた所に差した一条の光。淡い期待を抱いた俺は無事轟沈した結果となったのだから悪態の一つや二つ吐きたくなるだろう。
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