第四章2 逢魔ヶ刻 一
「何言ってんのさ、悠雅? これはどう見ても剣でしょ」
小首を傾げた光喜が訂正する。
長い柄と長大な刀身。見え隠れするのは青みがかった
だが、それでも、俺はこれを見た瞬間、剣ではなく鍵だと思ってしまった。理由は特にない。殆ど直感だ。
「鍵、か」
くつくつと笑う隊長殿。
「
「――やめよ學」
隊長殿の言葉を大佐殿が遮る。それも怒気を隠しもしないで。対して隊長はヘラヘラとどこか小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべている。
場の空気が酷く険悪なものになった。
「悠雅。こちらに来い」
やがて大佐殿は鼻を鳴らすと俺の手を引いて件の鍵の元へと連れ出した。何かさせるつもりなのか? そんな風に考えているとあろう事か彼女は次の事を命じた。
「天之尾羽張をこの剣に重ね合わせて祈りを発現しろ」
流石に俺もどうかしている、とさえ思った。
呪物とは人に仇なす神器だ。詰まり根本は神器と変わらない希少な兵器であると言うこと。担い手さえいればきちんと神器として機能するのだ。そんなものを彼女は切れというのか。
「良いのか? こいつを切っちまうかもしれねえぞ?」
「安心しろ。これは切れぬよ」
少しばかり舐められているようで面白くない。とは言え上司からの命令だ。半信半疑のまま、俺は天之尾羽張に祈りを乗せる。
祈りの宿った神器ならともかく祈りの乗っていない状態でそんな事をすればなます切りにしかねないのだが、果たして。
――ギシッ、と何かが軋む音がした。それも鼓膜が破れそうなくらい甲高く。そして次の瞬間、祀られた呪物の刀身が輝き、既視感のある浮遊感が生まれる。確かこれは――
「慌てるな悠雅」
いつの間にか八つの鳥居の外まで後退した大佐の声が飛んできた。
「今回は正式な手続きを踏んでいる。前回のようにあらぬ場所に飛ばされる事は無い」
言葉を聞いているうちに加速度的に落下速度が上がっていく。大佐の顔も、声も、既に聞こえない。
現世から乖離していく。やがて真下に真紅の光が見えた。
「着地に備えろ」
隊長の業務的な言葉と共に、
「五、四、三、二、一、着地」
足が大地を踏みしめた。不思議と着地時に力は要らなかった。あたかも階段を降りたみたいな感覚だ。
「霊位確認。逢魔ヶ刻への転移を確認しました」
藤ノ宮の言葉に「ああ、そうだろうとも」と茶化してしまいたくなった。辺りを見渡せば見覚えのある景色が広がっている。
八角形の部屋と、辺りに散らばった鎖の破片。未だ酸化仕切っていない赤黒い血痕。そして、あの時切り殺した大鬼とタールの怪物の骸が転がっている。つまりここは、
「東京駅の地下……」
「そして、お前の持つ天之尾羽張が安置してあった場所でもある。天之尾羽張は上で祀られていた魔剣とは対の剣だ。天之尾羽張が切り、魔剣が開く。その性質を利用して今まではこちらに来ていた」
隊長は続けて、
「尤も、今ではお前のものになってしまったが故、ここ数日は入るのにも一苦労な状況が続いていたがな。しかし、ああも容易く開けられては上位武官殿達も立つ瀬がないだろう。何せ二十人分の切断能力と神器を持ってしてもこじ開けるのがやっとだったというのだからな」
「そう、なんですか……?」
あまり苦労したつもりはない。祈りを纏わせた天之尾羽張をあの魔剣に近づけたら勝手に開いた、という感じだった。
「自分の力を過小評価し過ぎなんだお前は。俺の炎を強引に切り払える切断能力なぞお前くらいしか持っていない」
宗一が何やら慰めてくれているがそう言われても実感が伴わない。困惑する一方だ。
「それにしても悠雅が天之尾羽張持ってきてくれたおかげでまた拠点が使えるよ。ここ数日どこに飛ばされるかわからなかったもんね」
「そうだな。しかし、その前に化け物どもの死体を撤去せねばなるまい」
「焼けば?」
「しばらく拠点に悪臭が立ち込めるだろうが、それでもいいのか?」
「マジ勘弁」
光喜と宗一が物騒な話をしているその脇で、
隊長が遺骸をしげしげと観察している。
「これは向こうに持っていく」
「ええっ!?」
隊長の提案にあからさまに難色を示したのは、まぁ、光喜だ。そういう反応はするだろうとは思った。キモくて触りたくない! とか思っていそうだしな。
「僕やだよ! キモくて触りたくないもん」
ほらな。
「ガキみたいなこと言うな」
「嫌だあああああああ!!!!」
「軍人何だから文句言うな!!」
「嫌だね!! なぜなら僕は軍人である前に子供だから!!」
「開き直るな!!」
光喜が叫び、宗一が怒鳴る。
でかい声で喋りまくりやがって。あの日俺とアンナがどんな思いで逃げ回り続けたか教えてやりたくなったぞ。
「綺麗な骸ですね」
「間宮と小此木ではこうはいかない。あの二人では死骸が灰になるか粉々になってしまうからな。これでこの場所の生物の研究が少し進むかもしれん」
「次の骸が得られた時は私が貰っても?」
「式の依代にするのか。良いだろう。持っていけ」
「ありがとうございます」
こっちはこっちで何やら倫理観皆無の会話を繰り広げているし。まぁ、こいつらの研究しなければここの征圧なんか出来ないだろうしな。というか俺が殺ること前提の会話ですよねそれ?
「別にいいけどよ……」
仕事だし、と自己を納得させていると、左腕が力強く握られた。
「アンナ?」
「ごめん。ちょっとだけ、掴まらせて」
震える彼女の顔は少しばかり青ざめている。無理もない。彼女はここで死にかけたんだ。心に傷だって負うだろう。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。少し足から力が抜けただけ」
「無理はするな」
彼女は小さく頷く。
彼女に余り負担をかけないようにしたいとは思うものの、人種は違うとは言え今は皇国軍人だ。
ちょっとしたジレンマだと思う反面、嘲笑う俺もいる。偽善めいているとか、下心があるとか、反吐がでそうな思いがある。
こんな事では彼女に返せる恩も返せないというのに。
「――そういえば、」
と、懐中時計を取り出す。覗いて見ればやはり時計は止まっていて、ピクリとも動かない。
「なんだ、時計なんか持ってきていたのか」
そう問うたのは隊長だ。
「ここでは時計が使えん。磁場のせいだと推察しているが――」
うんぬんかんぬん。よくわからない言葉を羅列されて全く以って頭に入ってこない。じば? ってなんだ。
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