第一章5 黄金の祈り
いよいよ以ってわからなくなってくる。なぜ異能を発現させるのか? 俺の手は自然とナイフに伸びる。だが、彼女は笑むばかり。
‟大丈夫、大丈夫”。
そう言わんばかりに。そして彼女は未だだくだくと出血している患部に手を宛がう。すると、彼女の手の平から、暖かな木漏れ日の様な優しい光が溢れだす。その光は壊死していた筈の皮膚を立ちどころに再生させ始める。
「これは一体……」
明らかに
信じられないものを見るような俺に折れるように彼女は解答を口にする。
「私の祈りは‟
「……、」
言葉が出なかった。絶句というものを始めて実行した。そんな気がした。
俺の力とは比べ物にならないくらい強い力だった。そして、それより遥かに感じた、美しい、という畏敬の念。
そして同時に、思う。
一体、どれだけ他人の為に深く願った祈りなのか、と。
現人神の異能は一部の例外を除いて、気が狂う程の祈りと願いを経て生まれる物である。それは大抵、自己の為に祈り、願われる物。
だが、目の前の少女は違う。違うと断言できる。この少女の祈りは、余りに優しすぎる。
「……なんで、この力を俺に見せた?」
「今アンタに死なれると困るから」
「死なずに済む方法なら他にもあった。というか、多分だけど、死ななかった」
「希望的観測よね、それ? アンタは現にさっきの傷が壊死していたのに気づかなかったわよね? それで何? 死ななかった? ふざけた事言わないで」
「そういう問題じゃねぇ。なんで他国でそんな希少な力使ってんだって言いてぇんだよ。誰が見てるかもわかんねぇのによ。捕まっちまうぞ」
この国には現人神の育成機関がある。育成機関があるという事はつまりその現人神自身を研究する機関もあるという事だ。育てるには、その生態を理解することが要求されるのだから。
「……心配してくれるの? さっき殺し合いした間柄なのに?」
「してねぇよ。ただただ、
「馬鹿とは何よ‼ 私がいなきゃとっくに死んでるくせに‼」
「そもそも頼んでねぇ」
「なっ⁉」
助けた人間にここまで言われて頭に来ない奴なんかいないだろう。だが、言ってやらないと気が済まない。
「なんでお前この国に来たんだよ? ただでさえ欧州との摩擦で緊張してるってのによ。そもそも決意がブレブレなんだよ‼ 一体どんな思いを、使命を帯びて来たのか知らねぇけどよ、他国の人間に銃を突きつけられるくらい肝が据わってんのに何で俺を助けるんだよ⁉」
自分で言ってて支離滅裂な事くらいわかっている。それでもこいつが自分の身を案じていないのが気に食わなかった。この国じゃ希少な能力を持つ現人神は保護という名目で即時研究機関に送られる。一度機関に送られれば二度と日の光を拝む事すらできないとさえ言われている。
この女はそこの所を全く理解していない。この国の人間じゃないのだから当たり前だが、それにしたって警戒しなさ過ぎにも程がある。自分の力の価値を把握していないのか?
「お前は、ここを出たら母国に帰ったほうが良い。お前はこの国にいるべきじゃない」
言うだけ言った。そして、後から追いかけてくるのは猛烈な後悔だった。
……本当に、何を言ってるんだ。助けられてる分際で、本当に、かっこわりぃ。
「————、」
「何か言ったか?」
「……いえ、なんでも。ただ、一言言わせてもらうわ。私はさっきも言った通り、道案内役とここを出るまでの間の戦力としてアンタを生かしたの。別にアンタを生かしたくて生かした訳じゃない」
彼女は先の怒りや笑みを引っ込めて、努めて冷たい表情を作って述べ、「だけど」と、付け加えて、
「忠言、痛み入ります」
「……怒って雷落とされるかと思った」
無論、比喩ではなく、実際に。
「ええ、落としてやろうかと思った。でも、アンタの言ってる事も何となくわかった。割と本気で
そう言って、「何度かそういった機関に狙われた事もあるしね」と苦い顔をしつつ零す。当たり前だろう、人を癒す異能なんて中々無いのだ。軍部の人間なら喉から手が出る程欲しいだろうよ。
「後、何より」
「まだあるのか?」
「ええ。だって、そんな顔しながら言われたら誰でも雷を落とす気になんかなれないわよ」
なんだそりゃ?
「どんな顔だよ」
「今にも泣きそうな顔」
「はっ、見間違いだろ」
鼻で笑う俺に対し、彼女は尚も真顔で、
「相手の表情を読めなくなるほど視力を落としたつもりはないわ」
「……馬鹿馬鹿しい」
泣きそうな顔? なんだそれは? 流石に意味がわからん。
でも、なんだ、これ? イラついてる? 俺が? なんで? これではまるで図星を突かれたみたいじゃないか。
「くそ……」
奥歯を噛みしめて、小さく呟いて。
「——行くぞ」
「そうね」
またしばらく、互いに無言で歩く。今度は少し足早に。先の狗神との一戦で狗神が行った遠吠えに反応し、未だ辺りを徘徊している怪物共から一刻も早く離れる為に。
……いや、それは建前か。実際はただ、居心地が悪かったから。ただそれだけ。理由はわかり切っている。そして、その解決方法も。
ただ、それを行おうとするとクソみたいな自尊心が邪魔をしてくるのだ。何とも情けない。
「ああ、くそ……」
鳩尾の下辺りと下っ腹の辺りがくつくつと煮えたぎるような感覚がして、唇を噛み千切りたくなる。
「今度は何にイラついてるの?」
「しかもバレてるし……」
「ん? なんて言ったの?」
「何でもない」
「訳のわからない理由でイラつかれる身にもなって欲しいんですけど?」
ご尤もだった。ご尤も過ぎてぐうの音も出ない。この身に自尊心など無ければ五体投地しているくらいだ。
「さっきから何なのその百面相は……? まさか、
「俺の顔はそこまで面白い事になっていたのか」
「なっていた、というか、なっている、と言った方が良いわね。現在進行形よ」
「そうかよ……」
そんな変な顔をしていたのか。だが、しかし、話している内に少し気持ちがほぐれてきた。切り出すなら、今、か。
「あの、だな……」
「何?」
「なんか、そのあれだ。さっきは偉そうな事を言って悪かった。後、怪我、治してくれてありがとう」
「え、何急に……? ちょっとキモイんだけど……」
本当に気持ち悪いものを見たように何やら引いてくださってるが引きたいのはこっちだった。
くそ、ちょっと罪悪感に駆られて思わず、謝ったり礼を言ったりしたのだが正直後悔している。
「キモくて悪かったなクソッたれ」
「ごめん、ごめんって。ここ数時間の付き合いだけどアンタが素直な人間じゃないって事はわかってたわ」
「……、」
「でも、多少やり返すくらいの茶目っ気は甘んじて受け入れて欲しいわね」
俺の感情に
「——さて、悠雅」
アンナが指さす摩天楼群の遥か先、一際目立つ赤煉瓦の大きな建造物。
「ああ、そうだよ」
ようやくここまで来れた、という万感の思いを告げる。
「あれが東京駅だ」
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