第一章6 東京駅

 東京駅。開業は皇紀二五七四年。今年の十二月で開業四周年を迎える。この巨大な駅は日本全国に多くの人、物資を運ぶ物流の要所として多額の税金を以って建造された。


 外観は赤煉瓦をふんだんに用いたこの時代らしい洋風建築。如何にも西洋風ハイカラな風情だ。

 駅前広場は路面電車の線路が蜘蛛の巣みたいに伸びており、交通の要所然とした装いをしている。もちろん、当の路面電車や蒸気自動車の姿は無い。


「近づいて見て改めて思ったけど随分大きなターミナルなのね」

「たーみ? なんだそりゃ?」


 疑問を口にした俺にくすりと笑んでアンナは「駅って意味よ」と答えを教えてくれる。西洋の言葉は相変わらず意味が分からん。駅の事を何でわざわざ長ったらしく‟たーみなる”などと呼ぶのか? 理解に苦しむぞ。

 むむむ、と首を傾げているとアンナが同じように首を傾げた。何ぞやと彼女の方が見ている方へと視線を移してみると赤黒い空が広がっているだけだ。


「なんかあったのか?」

「この辺りの空だけあの肉の塊みたいな化け物が飛び回ってないのが少し気になっただけよ」

「偶然じゃないのか?」

「偶然ならいいんだけど……」


 怯えるくらいの警戒心が丁度良いのかもしれない。俺はその分いつでも強気に動けるように鈍感なくらいが良いだろう。

 一先ず警戒し続けるアンナを先導して東京駅の構内に足を踏み入れようとすると眩暈がした。どうやら、疲れが蓄積してるみたいだ。


「ちょっと、大丈夫? もしかして解毒できてなかった?」

「問題ねえよ」


 それより自分の心配をしてほしい所だ。俺はアンナを連れ立ってそこから逃げるように駅構内へと入った。


 構内はやはりというべきか電気が通っておらず仄暗く、奥の方へ視線を送ると闇しかない。が、見渡せる範囲から分かる事もある。内装は街並み同様本物と瓜二つで豪奢な内装だ。無論駅員や店舗の店員、そして客の姿は無く酷く寂しい。構内が広大な為、尚の事そう感じられる。画竜点睛がりょうてんせいを欠くとはこの事か。


 このような施設は人の姿あってのものだと改めて感じる。


「ここまで広いとどこに行けば救助が来るのかわからないわね。救助地点の指定とかされてないの?」

「されてないな。東京駅に行け、という曖昧な指示を受けたのもあの切羽詰まった状況だったしな」


 ひょっとしたら他にも何か言っていたかもしれないが平時や単なる戦闘中ならいざ知らず、あの訳の分からない状況で気が動転していた状況で全て聞き取れていたかを問われると非常に怪しいものがある。

 まぁ、仮に何か言ってたとしてその言葉を拾えていない時点で意味がない。かと言ってこのまま何もせずに正面玄関で棒立ちしていても事態は進行しない。とりあえずできることから始めてみようか。


「おーい、大佐殿ー‼ いるなら返事してくれー‼」


 一先ず大声で呼んでみたが広い構内にこだまするだけだった。


「悠雅‼ アンタ、馬っ鹿じゃないの‼ さっきの屍食鬼グール大鬼オーガがアンタの大声を聞きつけて寄って来たらどうすんのよ‼」


 アンナの甲高かんだかい大声の方が余程通りがいいだろう、という正論を言っても良いのだろうか? とも思うがとりあえず呑み込んでおく事にする。下手に刺激して着火する必要もないだろう。触らぬ神に祟り無しだ。後、‟ぐーる”は良いとして‟おーが”ってなんだ? 大賀さんか?


「大声で呼んでみたら返事がくるかもしれん、と思ったんだが」

「それはお願いだからやめて頂戴。私の探知で拾える敵ばかりじゃないかもしれないのよ? 余り敵を刺激するような事しないで」

「……そうか、悪かった」


 聞いてみれば、成る程、という感想を抱く理由だった。


「少し対応が柔らかくなったわね?」

「そこに深く突っ込むんじゃねぇ……」


 先の支離滅裂な発言の罪悪感に駆られて態度がおかしくなったなんて言ったら馬鹿にされそうで嫌だ。しかし、アンナは容赦なく、


「へぇ、なんでよ?」


 なんて聞いてくる。しかもちょっと口の端を歪めて。


「お前、わかってて聞いてんだろ……」

「私、流石に読心術なんて使えないわよ」


 アンナは僅かに目を細め、少し不機嫌な様子で‟だから言え”と目で訴えてくる。


「……、」

「早く言いなさい」


 いよいよ機嫌が悪くなってきた。こういう時の女は面倒くさい。それは姉ちゃんで体験済みだ。


「……ハズい。恥ずかしいからだよ」


 仕方なく正直に言ってやる。


「……、」

「なんか言えよ」

「いや、なんかちょっと、不覚にもかわいいなぁ……と」


 大の男に向かって‟かわいい”という発言はどうなんだろうか? 馬鹿にはしてないとは思うのだが。何だか背中がむず痒い。


「それじゃあどうする? 一先ず駅構内を探索してみるか?」


 大声で叫ぶのは無しなら足を使って直接探すくらいしかできることが無い。アンナも「そうしましょうか」と同意。いざ東京駅探索と洒落込む。

 かつこつと軍靴ぐんか革靴かわぐつが床を叩く音が交互に鳴る。

 広大な東京駅構内は正面口を離れると光源を失って闇しかない。

 すると隣からぼぅっと淡い光が。


「流石に明かりが無いとダメでしょ? ほらこっち! もっと寄りなさいよ」


 なんて言いつつ、細剣に薄い雷光を灯すアンナは得意げな様子だった。本当に便利な力だ。しかし、雷光は淡過ぎて殆ど足元しか見えない。


「もう少し光を強くできないのか?」

「これ以上明るくすると探知範囲外にも光が届いちゃうのよ」


 尤もな理由だったが、どうにも密着しながらでないとその明かりの恩恵に与れない。これではどうも居心地が悪いな。

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