第3話 ヒロインは誰?
男なんて単純だ。
少しの笑顔、少しのリップサービスだけで簡単に全てを捧げようとしてくれる。
下心をくすぐってやればいい。
今一緒に住んでいる彼氏もそうだ。
一人暮らしは寂しいと泣いたら、大きな部屋を借りてきて部屋を与えてくれた。会社の給料だけじゃ賄いきれずに、深夜アルバイトをしてまで工面している。わたしが彼に与えるのは、わたし自身。わたしのような女を彼女に出来ているという自尊心を満たす為に必死に働く顔がいいだけのツマラナイ男。
会社の先輩もそうだ。
ほんの少し甘える素振りを見せたら、不細工な面を緩め鼻の下を大きく伸ばしていた。わたしは8年も付き合っている仲の良い彼女がいると聞いて、ちょっとした悪戯心で声を掛けただけなのに、いやらしい目で見て妄想している事が窺える。
街で出会った男もそうだ。
用事がなくて暇だって言ったら、初めて会ったばかりだというのにも関わらずご飯やプレゼントをくれた。あまりにも下心が前面に出てきたら、わたしとの情事を妄想出来る程のリップサービスをプレゼントだけして帰るけど。
もし、男たちに何かを言われたり、傷つけられそうになったら泣けばいい。
激しく、より大袈裟に泣けばいい。
そうすれば、わたしは――――被害者になれる。
それまでは、わたしは彼らが酔うための甘くておいしいお酒。
G.W、大学の時に遊んであげていた男とのドライブだ。1週間ほど前に電話があり、「どうしても一緒に行きたい、すごいプレゼントがあるんだ」と執拗に誘うから、しょうがなく付き合う事にした。どうせ大した用事もない、一緒に暮らす男は例の如く朝から朝までしっかりとアルバイトだに行っている。
運転席に座るのは、地元で小さな会社を営むバツ2の甲斐性もない男。慰謝料や養育費で首が回らない上に、会社は運営する数件の飲食店も業績不振で金策に苦しんでいるらしい。それでも男の見栄なのかプライドなのか、会えばいつもご飯をご馳走してくれて、惜しげもなくプレゼントをくれた。同じ地元、内情なんてとっくに知っていたけれど、わたしは彼が気持ちよくなるように言葉と笑顔をプレゼントしてきてあげた。そうして彼はいつも壮大な夢に酔い、わたしの為に金を使った。
風の噂で会社が潰れたか人の手に渡ったと聞いた。きっと今日彼はそんな事は億尾にも出さずに、これまでと同じように夢に酔うのだろう。
わたしは酔うための高くて甘いお酒。
山へと向かっているようで、だんだんとすれ違う車が少なくなってきていた。男によると、この先に名も知れぬ景色の良い見晴らし台があるらしい。きっと必死に用意したプレゼントを渡す為のロケーションを考えたのだろう。わたしが一番喜ぶのは、黙ってプレゼントだけをくれる事だというのに。それでもわたしは対価として笑顔と言葉を、仕草を渡してあげる。
頂上に着くとすでに先客が居るようで一台の車が停まっていた。ここまでは一本道で先を行く車はなかった、きっと反対の道から来たのだろう。山を越えた先に小さな温泉宿があると男から聞いていた。どうやらほんの少しの差だったようで、ちょうど降りて展望台への短い階段を登っている後姿が見える。
「先客がいるけど、どうするの?名も知れぬ展望台とか言いながら他に人がいるとか笑えるんだけど」
「――――ああ、そうだな」
とっととプレゼントを貰って帰りたいから、少し嫌味を言ったんだけど、男はわたしの言葉よりも歩くカップルの後姿に目を凝らしているようだ。釣られるようにわたしも見てみると――――会社のまぬけな先輩に似ている。ちょっとおだてて気がある素振りを見せてあげたら、バカみたいに色々な差し入れを持って来たり、数少ない自分の営業成績をわたしの成果に変えてくれる先輩。そういえばあいつもこのG.Wは、未だ別れていない彼女と山に温泉旅行に出かけるとか言ってたっけ。
「降りようか」
「えっ、いいの?」
「あーうん」
先客がいるのにいいのか聞いたんだけど、曖昧に頷きを返してきた。
わたしとしてはどっちでもいいんだけど。
車から降りて、展望台へと階段を登る。
見えて来たのは先客のカップルの背中――――
――――カップルの手がお互いの背中に周り
――――お互いを強く押すように柵を突き破り空へと飛び出した
――――心中!?
わたしは慌てて走り出し、男女が落ちた場所へと駆け寄り確認する。
崖下には鬱蒼とした森があるだけで、他になにも見えない。
壊れた柵がぽっかり穴を開けているだけ。
警察に電話しなきゃ。
つまらないドライブだと思っていたけど、とんだ刺激的な出来事が舞い込んできた――――一緒に来た男を見ると、真っ赤な顔をしていた――――プレゼントを贈るシュチュエーションを台無しにされて怒っているのかしら?
わたしは柵にもたれながら、人知れず弾んだ息を整える。
男がこっちにゆっくりと歩いてくる――――電話をする様子もない、何を考えているのかしら。
「プレゼントなんだけど――――一緒に天国へ行こう」
彼の腕に抱かれ、わたしは崩れる柵と共に空へと飛び出していた。
G.W終盤、山間の小さな温泉旅館のフロントは大勢の客で賑わっていた。次から次へと大荷物を抱えて押し寄せる人たち。従業員は降って湧いた、大入りに大わらわだ。そんな中、フロント奥にある名ばかりの事務所では小さなテレビがつけっぱなしで、ニュースを延々と垂れ流していた。
――――『次に、S県S郡S村の〇〇山展望台で起きた事故の詳細です。15センチほどの木で出来た柵は雨風に曝され脆くなっていた上、何者かの悪戯によりところどころに切込みがいれてあったようです。被害者4名は木にもたれ掛かり落ちたのではないかと思われているようです』
ヒロインになる方法 マニアックパンダ @rin_rin_rin
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