朱塗りの顔
延熹九年 尚方が作りし鏡
それは、この鏡を手に入れた者を祝う銘文である。
「汝の佩刀は我が家の太刀じゃな」
「埋葬が済んだら、お返しいたしましょう」
そうすれば、狗奴王が
「そうか。何から何まで世話になるな。これからも今のままで働いてくれよ」
狗奴王は難斗米の態度にすっかり満足している。
夜空には雲が漂い、篝火に浮かぶ墳墓の上、これから埋められる棺と品々の前に、祭壇が組み立てられる。常緑樹の枝、湯気を立てる
邪馬臺王家に世々仕える故老たちが、前に進んで
「
云々と。続いて、難斗米が士大夫層を代表して誄を述べる。
「亡王は、先王の
冢の下、西側正面の庭では、
「ああ……ああ」
誄の形式も格調も構わずに、狗奴王は感嘆の声を吐く。
「邪馬臺で姉上の政治を佐けていた頃が最も幸せであった。ああ……まだ死ぬには若かったのに」
ただそれだけを言った。
力役の人夫が呼び出されて、棺を墓室に下ろす。石の棺は冷たく重い。ゆっくりと下ろす。棺が安置されると、その周りに鏡が敷き詰められる。死せる者が悪い
「さあもう下に行こう。穢れ払いの酒を酌み交わそう」
踊り女たちを背にし、狗奴王は難斗米たちを率いて、冬至の日の入りの方角を向く。ふと、西側に付けられた階段を、
「おまえたち、何のまねじゃ」
弥馬獲支は両膝を土に突いて、言う。
「
難斗米は腰の太刀を抜いて、狗奴王に進める。
「さあ、どうぞ」
「あっ、おれに手ずから斬れと申すのか」
「お望みでしょう。お妃さまの仇を」
「おう、そうだ……」
狗奴王は太刀を取った。しかし、手足は措く所を知らず、目は視る所を定めず、躊躇い、
「いかが」
難斗米は酒を一杯、狗奴王に勧める。
「おう」
狗奴王は酒をぐっと呑んで、眼を紅くさせて、弥馬獲支を睨む。胸に息をさせながら、腕を撫して、刀の柄を握り締める。
「さあ、お裁きを」
難斗米が重ねて促せば、狗奴王は弥馬獲支に立てと命じ、ヤッと思い切って、太刀を女の腹に突き立てる。柄越しに、柔らかい人の体の手応えを感じる。所が普段から稽古を怠けた腕では、切っ先が着物に絡め取られてどうやら傷が十分に深くない。下手をしたかと思って咄嗟に腕を引くと、それでも返り血が狗奴王を汚す。紅の
「ああ……ああ……!」
弥馬獲支は項垂れて膝を突きながら、朱の顔で狗奴王を睨み返す。狗奴王は狼狽を隠せない。
「違う……、そうじゃない」
何十人かの女たちも、朱の顔で狗奴王を睨む。
「こんなことしたくない……」
その時、後ろから、思わぬ声が響く。
「
ハッとして
「王たる者は、殺すと決めれば、一思いに殺せなくてはならぬぞ」
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