闇に揺れる火
渋る
「これはおまえたちの為にもなるのだ。
二人の側近は抗う。
「しかし、二人ながら旅に出てしまっては、御身をお護り奉れませぬが」
狗奴王は呵々と咲う。
「ここはおれの
兄弟は苦々しさを噛み殺しながら、では狗奴に戻って旅の支度を、と言うと、難斗米がそれを止める。
「すぐ北へ向かって、
「申し入れ状を書いて持たせるから、まず
書状の内容は、どうせ阿佐と迦佐には読めない。
「はあ
難斗米は案内に
「さあすぐに発て。行って
君主の命令とあっては、
「ああ、あれだから狗奴の芋侍などは嫌いなのだ」
と狗奴王は吐いた。そして今夜の宿を難斗米の私宅と決めて上がり込んだ。難斗米は家の子郎党に酒の接待をさせて、明日の葬礼の準備をさせるからと、
難斗米と張政は、陵墓の傍の
「これは?」
「処方によると言ったろう」
「ええ、色々な調合が有ると」
「麻沸散というのは、眠りを導いたり、知覚を麻痺させて痛みを消しもするが、また幻を見せることもできるのだ。いいか……」
張政はそれを懐にしまい、馬を小駆けに走らせる。
殯屋の中は、昼間でも暗くて寒い。暗がりの中で燭影が震える。室の奥に石の棺が横たわっている。侍女たちが遠巻きに控えている。
「先ほどからああしていらっしゃいます」
「何を話しているの……」
臺与が呟く。
「何を話しているの……」
その声は難斗米や張政の方に向けられてはいない。さっ、とまた光と闇が互い違いに走る。明かりが落ち着くと、臺与がこちらを向いている。はっ、と誰もが息を呑む。その顔には、姫氏王の遺した頭巾を着けている。長い絹が頭を覆い、両端は胸に垂れ、鼻の上で縫い合わされて、眉の周りだけが開いて、睫を外に出している。その中の眼は、きっとして虎の様に難斗米を見据えている。なんと姫氏王にそっくりな事か。
「斗米よ、何をしている」
その語気は臺与の口調ではない。
「予が
あっと思うと、臺与は目をつむって身を崩す。侍女たちが脇に走る。
日は落ちて天地とも暗く、殯屋の外にも篝火が焚かれる。夜にも関わらず、にわかに人の動きが慌ただしくなる。
「こんな時間にどうしたのじゃ。何かあったのかな」
狗奴王は急な使いに呼び出されて来た。
「王の
難斗米は狗奴王の前に跪拝する。
「棺の中から声がします。早く埋葬を済ませよとのお言葉です」
「何ということだ。死者が話すとは、未だかつて聞かぬことだのう」
「臺与さまがお聞きになりました」
男王は眼を細める。
「ああ、臺与が。臺与はどこじゃ」
「お休みになっておられます」
「そうか、まだ子どもなんだ。無理に起こさぬで良いぞ」
どれ棺を見てみようと、殯の室に入る。下男たちが分厚い蓋に手を掛けて、眠れる者の顔が見えるだけ動かす。死せる女王は、白い絹を纏い、身には朱を塗っている。いわゆる死に化粧で、中国では白粉を用いる所である。棺の内壁にも朱が塗られている。火を掲げて照らすと、その光の赤さが、朱に塗られた死に顔を、一層紅く浮かび上がらせる。一瞥しただけで、もう良い、と言って狗奴王は目を覆う。
「やはり明日にいたしましょうか」
「うむ――、いやいや、後で鬼にでもなって出られてもかなわん。姉上の声が早くせよと言われるなら、その通りにしよう。どうとでも姉上の言われるままにしよう」
この葬儀に参列すべき人たちが、闇の中に集められる。陵墓の上、前、横にも篝火が並び、皇天のもたらす夜の下で、人間の営為をかすかに揺らめかせる。冢は冬至の日の入りの方角が正面である。夏至の日の出の方角から、重い石の棺が運び上げられる。墳丘の上に棺が置かれ、その周りには副葬される数多くの品々が並べられる。鉄の矛や矢、木の弓や盾、錦や絹、銅の矛や鏡。特に銅鏡は、葬礼の権威を高め、また死者を悪い
延熹九年 尚方作鏡 明如日光 沢被海表 服者長生 位至侯王 治国安平 長宜子孫
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