嵐の神の訪れ
「ああ斗米よ、良い酒だった。よく眠れて、旅の疲れも取れたわい」
難斗米は恭々しく再拝して、狗奴王を
「ああ、本当にいない……」
狗奴王は殿上で軒に臨んで座り、
「
狗奴王は、女性の名を呼んだ。この王宮に入れば、女王に仕えた侍女の姿を必ず見る。その総数は千人とも称されたが、実数にしても三百人は下らない。その内の半分が臺与に付いていたとしても、まだ多くの者がここに出仕している。弥馬獲支は、侍女の中でも最も位の高い一人で、かつてはいつも女王の脇に控えていた。
「知っているだろう。――おれの妻に毒を盛ったのは誰じゃ」
弥馬獲支は眉も動かさない。
「さて。お妃さまが亡くなられたのは難産の苦しみ。あの時も申し上げました」
「いや、いや、うそだ、うそだ! おれは知っているんだぞ」
「ここの女どもを集めろ! 全員に問い詰めてやるから」
「それでどうなさいます」
「命には命で報わせてやろう」
ふっと弥馬獲支は声にならない笑みを浮かべる。
「
そこで阿佐が口を挟む。
「王よ、回りくどいことをなさいますな」
「むむ、では何とする」
「千人皆殺しにしてしまいなされ」
「みんな、殺せと?」
はっと狗奴王の血の気がに引く。
「どうせ悪い女ばかり、王に歓んで仕えはしますまい」
「いやいや、そこまでしては――」
と狗奴王が
「王よ、それよりまずは取るべき物をお取り下さい。女などいつでも殺せましょう」
「いやそれはいかん。耐えがたいことだ」
阿佐がまた奨める。
「ではみんな殺するしかありますまい」
「いいや、それもならん……」
憎しみ、恨みと、血を見る事への恐怖、矛盾した感情がその腹の底で渦を巻いている。
「そうだ、少しだけ待ってやろうではないか。よし斗米よ」
「はい」
「姉上の埋葬はいつになる」
「お望みならこの後すぐにでもいたしましょう」
「もうすっかり準備はできておるのか。さすがの手際よ。まあ今日では遅くなろう。では明日にしよう。さて」
弥馬獲支を睨み付けて、また恐い
「いいか、明日の陽が落ちるまでに、毒を盛った女が判ればその一人を殺す。もし誰も白状しなければ、一人残らず殺して墓の溝に捨ててやろう」
弥馬獲支は穏やかな低い声で、
「よろしゅうございます」
と言うと、
「斗米よ、あの金印は持っているのか」
「
「では、それをここに出してくれるだろうな」
「恐れながら、もう
えっ、何と言われる、と阿佐と迦佐。
そこで張政が立ち上がる。
「印綬は天子より賜るもの。天子のお
張政は胸に手を当てる。懐には紫色の小袋が入っている。
「何だ貴様、控えよ」
「狗奴王の御前であるぞ」
と阿佐と迦佐が言うと、
「そちらこそお控えなさい。このお方は勅使です」
と難斗米が返す。狗奴王は、
「ああ、そうか」
と遠い物を見る様な目をする。
「斗米は
阿佐と迦佐はまずそうな皺を寄せる。
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