酒紅の相
虎の眼。獲物を狙う。鋭い輝き。闇を裂く光。恐ろしい程に澄んだ瞳……。それはもうこの世には無い。
邪馬臺の
狗奴王は、
この村に難斗米は酒樽をいくつも備えさせておいたので、狗奴王は何日か留まる気になった。
難斗米は多忙である。陵墓を営繕し葬礼を準備する一方、各地から続々と訪れる客を迎接する。それに何より、後継体制を作るという重い任務が、その両肩にのしかかっている。
難斗米は、狗奴王の到着を前にして、諸国の有力者を夕食に招いた。対馬の領主
日はとうに沈んで暗く、食事を終えて別れようとする時、都市牛利が全員に声を掛ける。
「さて
むぐと押し黙って、誰も答える人がいない。重ねて問う。答える者なし。都市牛利が言う。
「
一同、事の大きさに
「どうでしょう。臺与さまはまだ十三になられるばかり。王が務まるものでしょうか」
「ああ皆もそれがご心配とみえる。それで」
「それに
やっと対馬卑狗が声を出す。
「うむ、そうじゃ。臺与さまはまだ幼くていらっしゃる。この際は弟君をお迎えするのがよかろう」
一支卑狗も唱和する。
「おう、その通り。さすれば争わずして邪馬臺と狗奴は一つになる。それこそ亡王の望まれたこと」
末母離も言う。
「争うのが何より良くない。もし
掖邪狗は言い遮る。
「それでは、臺与さまはいかにたてまつる。亡王の墓前にも何と申し上げるのだ」
弥弥が間に入る。
「まあまあ……。臺与さまは弟君の跡目ということになるであろう。亡王のご遺志に背くとは必ずしも言えまい。それで一つ手を打ってはいかがか」
衆議の向かおうとする先は明らかであった。姫氏王が死んだ今、狗奴国と争うのはやめにしたい。とにかく波風を立てず、穏便に、苦労は少ない方が望ましい。狗奴王が相続権を主張するなら、それで都合が良いではないか。幼君を守り立てようという意見は少ない。難斗米は議論を打ち切らせる。
「みんなの意見はよく分かった。狗奴王とは
最後に一献を酌み交わし、客は宿に戻る。
「難斗米さん、馬鹿なことをお考えではあるまいな」
難斗米は口をへの字に結んだまま、先生を見る。
「おれも今日、狗奴王さんのご機嫌を伺ってきたが、あんな顔をしているのは何年も酒を呑みすぎるからだ。おれは方々に旅をして、いろいろな国のお偉方を観察したものだが、
先生ご助言痛み入ります、と答えて難斗米は張政の席に膝を寄せる。
「
難斗米は懐から、紫色の小袋を出す。巾着の口からは紫色の
「おれは
張政もその話しがしたかった。張政は皇帝の官吏として、天子に朝貢する者が治める土地の秩序が保たれる様に、必要とあれば介入する使命を帯びている。だがどうするのが最も良いか、これはなかなか難しい問題を含んでいる。張政はひとまず金印を預かった。
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