恩と命
さすが旧盟主国だけあって、
「やれ」
と姫氏王は、西向きの庇の陰から指示を出す。すると奴国の代官
「やれい!」
と号令を伝える。包みが解かれて、中から大型の銅鏡が次々と出てくる。それも古い物で緑青が浮いている。
「おいぼれが、よく貯めこんだものだな」
と女王は呟く。それは奴王が、自分の死んだ時の為に蓄えておいた物であった。倭人は墓に鏡を埋納すれば、死後の魂が安寧の地にまっすぐ導かれると信じ、またその数が多いほど立派な葬儀になると考えている。人夫たちは鉄槌を手に取り、銅鏡に打ち下ろす。金属の
――ガーン、ガーン……
異様な音を聞いて、虎落の外に一層多くの見物が寄り集まる。幾重にも鐘を揺るがした様なその音が、
「奴王を
後ろ手に縛り上げられた十人ほどの老人たちを兵士に引かせて、その先頭に立つのは、伊都国の付家老
「じじい、久しいな」
と言いつつ姫氏王は、軒の下から歩み出た。顔はいつもの頭巾で隠して目だけを光らせ、
「昔は、そんな恐い眼はなさいませんでしたな」
と、縄に捕らわれた中の長老らしい一人が応える。姫氏王はそんな言い様など意に介さない。
「じじい、村で鉄を打っておればよいものを、なぜ奴王を逃がそうとした」
「土を耕さぬ我らに、奴王さまは食うものが喰え着るものが
「その命を
「恩は身を以て返すもの、已に恩を頂いたからには、なんの命を愛しむことがありましょう」
「じじいはそれで良かろうが、見ればまだ
姫氏王は頤で兵士を動かして、罪人たちの中から一人の少年を引き出させた。年は二重になるかどうかと見え、あどけなさの残る顔をしている。
「己、なぜこの行いに加わったか」
「へい、今そこのじいさまの申し上げたとおり、同じ心でございます」
「嘘をつけ、どうせじじいどもにたぶらかされたのであろうが」
少年は頭を横に振る。
「己の父母ならまだしも、その齢では奴王の恩を受けたとは言えまいが」
女王は生殺与奪の拳を握る者として、若者には何か理由を付けて助けてやろうとしている。しかし少年は正直に言う。
「この身は父母より受けたもの、世々父母の頂いた恩は、この身の恩と同じでございます」
そうか――と言って姫氏王は、視線を外して考える。何という愚かな者よ。だがまあ待てよ、ここで鍛冶の手を減らすというのも愚かであろう。
「ならばその恩、この
「恩を買い取ると仰せになっても、何を償いに下さいます」
「奴王が汝らに与えた恩は、予が買い取る。その代わり、汝らには汝らの命を与えて遣わす」
死刑にはせずにおいてやろう、と女王は言う。そう言われれば、殺されるのは避けられないと思えばこそ強がりの答弁をした者も、命が本当に惜しくないのでもない。
「ではこの皆を死なせずにおくと仰せになりますのか」
と長老。
「そうだ。良いか」
「この命は已に王の手の内にあれば、死刑をいつに延ばされようとも致し方ござりませぬ」
「そうか、だが忘れるな、銅を融かし、鉄を打つこと――、その為に汝らの命があるということを」
姫氏王の命令で、罪人たちは縄を解かれ、奴国の郊外、丘陵地帯に在る鍛冶の村へ護送される。それで場の緊張もほぐれようかという所に、続いて二人の男が現れる。
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