王者の眼神
西から東を望むと、樹々に彩られた美しい山並みに抱かれる様にして、
「
それが、姫氏王が張政に掛けた第一声であった。張政は、姫氏王が自分の事を憶えているとは思っていなかった。四年程前、張政が公務で初めて
張政たちが通されたのは宮殿ではなく、その傍に在る大型の
「
と女王が声を掛けると、そう呼ばれた子どもは侍女たちの後ろから顔を出し、
「おたあさま」
とか細い声で姫氏王を呼ぶ。年頃は五六歳程と見え、髪は男の子の様に額で束ねてはいない。
「昼頃までは寝込んでおったが、いささか良くなったようでな」
「体内の陰陽の気の調和が少し乱れただけでございましょう。もう良くなってきているなら、よく食べてぐっすり眠れば朝にはすっかり治ります」
と突兀先生が臺与の顔色を見ただけで診断を下せば、
「そうであろう」
と姫氏王は、判り切った事だ、という風に言う。
「道を急いで疲れたであろう。
姫氏王が先に立って、張政と突兀鋭は宮殿の方に通される。雨が多い土地柄なので、吹き込みを避ける為に軒が長く覆い被さっている。装飾の無い質素な建築だが、木材がしっかりとしていて上がる人を安心させる。
「臺与ぎみの事でございますが」
と突兀鋭は座るなり切り出す。
「体の中に何か気を乱す原因が潜んでいるやに見受けられますな。しょっちゅう熱でも出しておいででしょう」
「それだ。それを訊きたい」
と姫氏王は応える。
「生まれつき体の弱い
馬鹿な事だが、という風に言う。
「ではやはり男児でございましたな」
張政は全く女の子だと思ったのに、さすがこの医者はよく見抜いていた。
「臺与の体を健やかにしてやる薬は無いか」
という姫氏王の問いに、突兀鋭は直には答えず、
「臺与ぎみの母親は誰でございます」
と問い返す。
「
「王は産みの母ではございますまい」
「産んだ母親は死んだ。父親は予の弟だ。それで予が引き取った」
「後継者としてお考えだそうですが、ご自分で子を産もうとはお考えになりませんかな」
随分と遠慮せずに質問をして、王を怒らせはしないかと、張政は心配しながら、突兀先生の顔を黙って見る。先生はそんな心配など知らぬ素振りである。女王もさるもの、はははと笑って問いに答える。
「女は子を産めば十に一、二はその痛みで死んでしまうものだ。王として国を捨てて子を産むわけにはいくまいが」
突兀先生は尚も問いを続ける。
「それでその母親はどうして死んだのでございますか」
「なぜそれを知りたいのだ」
「それが臺与ぎみの不調の原因と関係が無いとも限りませぬので」
姫氏王は、ふむ、と遠くに目を遣り、
「女が子を産んで死んだとて、誰も怪しみはすまい」
と落ち着き払った声で述べながら、張政と突兀鋭の方に向き直して、
「女の身で権力を執り続けるには、跡継ぎの母であるということが強みになるのだ」
と付け加えた。
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