颱風の季節
「急ぐとも
との
伊都国から東南へ百里ほどで
又東へ百里して
「あれは何だな、鹿のできそくないかな」
「いやあれが噂に聞くむまとかいうのじゃろう」
などと話しをしていたが、舟の列が過ぎる内に
「若様のお通りじゃ。これ頭を下げなさい」
と言って、農夫は幼児にも同じ姿勢をさせる。庶民たちには、貴い人はその姿を見るべからざる存在であった。姿が見えない物とは神であり、姿を見ない事で神の如くに感じようとこの人々はする。難斗米は、農民たちが川岸に蹲まっているのを見ると、恥ずかしそうに頭を低くして座り込んでしまう。
ここの所よく晴れて暑い日が続いていたが、この日の夕方、太陽が西に傾くのを望んで、
「颱風が来る。荒れそうだ」
と告げた。その予兆は張政には全く分からない。穏やかに日は暮れかけて見える。宿を取る予定にしていた小さい
早朝、張政はかすかに雨の落ちる音を聞いた気がして目が覚めた。外に出てみると、雨は降っていない。風は強くはないとはいえ、普段とは違う動きの大きさを感じる。都市牛利が先に起きていて、風を手に掬う様な仕草をしている。
「十日くらいはここで休むつもりでいてくれ」
と都市牛利は言う。もし酷い雨になるなら、その前に小雷の為に草を刈り集めておきたい。倭人の邑に
二日目の未明から、強い風と共に雨がだだだだと音を鳴らして土を叩き始めた。倭人の室は地面を掘り下げて床を作り、木の柱を立てて藁の屋根を被せている。余り雨が降ると中に水が溜まりはしないかと心配になるが、周囲には土を盛って流入を防ぐ構造になっている。倉庫の方は床の高い建築だが、強風に揺られても壊れない。木材の用い方が良いのであろう。
三日目から四日目にかけて風雨はなお強まったが、五日目にはすっかり変わって澄んだ晴天となった。ただ清らかだった川は、土色に濁って岸を浸しており、都市牛利によると数日は舟を出せないという。
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