馬の睾丸を抜く男
舟に乗って海に出ると、陸とは別の世界が見える。海の船乗りたちが言う東西南北は普通の方位とは少し違っているし、距離の測り方も陸上とは異なる。
狗邪国のほとりを
大海を渡るための舟は、ここで調達する必要が有る。舟を操る水夫も、当然倭人を雇うのである。倭人がこの海を最もよく知っている。難斗米の顔が利くから、倭人の水夫はすぐに集まった。渡航の時期について船頭らに相談すると、何よりも安全を期するなら風の弱い日が多い八月頃が良かろう、という事であった。帯方から
張政は
「先生、あの馬はどうでしょう」
張政は傍らの背が高い人物に訊いてみた。
「どれ、おれが診て進ぜよう」
と答えたその人は、今度の使節団の医務要員で、名は
「西のきわから東のはてまで見ることになるのは、どうだ天下広しといえどもおれくらいなものだろう」
と怪気炎を吐いている。旅すがら馬の鑑識も学んで眼は確かだと自賛しているので、張政はこの所この先生を連れて歩いているのである。張政はその挹婁人を呼び止めて売買を持ち掛けた。挹婁人は乗り気である。
「先生、どうです」
「ああ、若い健康な牡だな」
「舟に乗ってくれるでしょうか」
「さあそれは船頭に相談すべきだが、気性はおとなしそうだから悪くなかろう」
という会話をしていると、挹婁人は、なんだ舟に乗せるのか、そんならお誂え向き、おいらはこの馬を連れてそこまで舟で来たのだから、と言う。確かに挹婁人が好く舟を使う事は楽浪地方でも知られている。本当にそうか、と訊けば、本当にそうだ、と答える。張政は俄然この馬が欲しくなった。
「しかし去勢はした方がいいな」
と突兀先生はその長身を畳んで馬の股を覗き込みながら言う。
「まあ心配ない、おれが切ってやろうから」
「できるんですか」
「なに
洛陽では百人ばかりちょんぎって宦官として職にありつける体にしてやったのさ、と突兀先生は語る。おそらく誇張は有るらしい。ともかく張政は旅費に当てる為に持って来た布地を出して、値段の交渉をする。買った後で去勢の手間が掛かるだけは値切って、張政はこの馬を買った。馬には
宿に戻ると、突兀鋭は早速、すぐに済むからな、と言って手術に取り掛かる。小雷を庭に引き出し、何かの粉を鼻から吸わせる。小雷は酔った様に足をふらつかせ、座り込むと、眠りに落ちて行く。三人の兵士が小雷を仰向けに返して股を開かせる。突兀鋭は小さい刃物を使って手際良く両の睾丸を抜き取り、傷口を縫い合わせ、後の簡単な処置は小間使いに言い付ける。こういう手術をするのが楽しいらしく、嬉々とした表情を張政に向けて、
「知っているか? 男でも
などと話す。こういう所も中国で嫌われた理由なのだと張政は思った。しかし腕が確かである事は看て取れた。小雷の睾丸は、この先生が
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