さんがぁらぁま
この年の元日、明帝の遺詔により、武衛将軍の
「これは、太傅閣下が将軍として行った
と子上は丁謐に向かって言い放った。
「むむ、何を言われる。この尚書を軽んじられるか。いかに太傅どののご子息とはいえ……」
丁謐も肩を怒らせる。
「ああ、これ
と仲達は、飽くまで温和な表情をして繰り返す。だがその眼は笑ってはいない――張政はそう看た。
「しかし、丁尚書。この太傅も、遠征の大役を終えてからは、ほれこのとおり、めっきり老け込んでしもうてな、もう何の働きもできやせん。たまには花を持たせてはくれぬかな」
と言って仲達は、大きい身を殊更に縮めてみせる。傍らでは子上が刀の柄にでも手を
「むむ、太傅どのがそう仰せられるならば……。後で写しを回していただきますぞ」
丁謐はそこで引き下がった。その後で、
――あの
と子上が呟いたのが、張政の耳には聞こえた。
ともかくも朝見の申請は正式に受理され、囚人たちは子元の預かりとなった。
張政たちは、しばらくこの
所が或る日の事、招かれた然る貴人の家では、いつもと様子が違っていた。客も少なく、席に音楽も芸も出ず、料理を載せる皿も小さい。これは何かと思うと、人の乳で育てた豚の肉であるとか、蠟を燃やして炊いた飯、人肌で暖めて醸した酒、といった物なのだとその家の主人が説く。とにかく高級な作り方をして、庶民とは全く違う物を食べるのが、最新流行の贅沢の仕方なのだそうだ。張政たちも、滅多に無い珍味を御馳走になったわけであったが、しかしそれで味が上等なのかどうかはさっぱり判らなかった。
招きが掛からない日には、洛陽の街を歩くのが楽しみである。この京師を余さず観て行きたいものだと、梯儁はもちろん、張政もそう思う。倭人たちにとっては尚更貴重な経験になるはずだ。張政は、難斗米と都市牛利の為に、漢服を拵えてやった。漢服を着ると、倭人たちは呉越地方の人に似ているらしく思われた。そうしていれば難斗米たちは夷人として目立ちはしない。
洛陽の街には、鱗の様な瓦を載せた屋根がどこまでも連なっている。鱗の街の中央に在って、一きわ高峻な山を為しているのが王城である。王城にはまだ入る事が出来ないが、外から眺めるだけでも結構十分という気分になる。いずれここに入る事になるとは、まだ信じられない心持ちがする。王城の外壁に沿って歩いていると、その東に広い敷地を持った施設が有る。建築の様式は張政などが見た事の無い物で、一角に高い塔が聳えているのが特に目に付く。どうも離宮でも官庁でも商家でもない。門扉が開いているので中を覗いていると、左肩だけに引っ掛けた赤い衣を着て、頭は髪を全く剃った奇妙な風体の人が出て来た。
「やあ、旅のお方ですかな」
というその言葉には、独特の訛りが有る。顔はと
「ええ、ここは何という処ですか」
「ここは、さんがぁらぁまといって、ぶっだの道を修める処です」
「ああ
張政は、それについて書物の知識をわずかながら持っていた。西方天竺の地に
「昔は、西から旅して来る人の信仰の為に、
とその桑門は言った。それが何を意味しているのか、張政には解らなかった。少なくとも、自分が生きている内には、関係の無い事であろうと思われた。
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