第2話 それはまるで惑星のように、弱く、強く。
私とあなたの-15センチ。
「チビで悪かったな! でも、お父さんも兄ちゃんも背が大きいから、僕も今にでっかくなるんだからな! そん時は僕も安堂のことをチビって呼んでやるから」
私とあなたの-14センチ。
「どうして安堂ってそうやって仕切ろうとするんだよ。疲れない? 安堂が頑張らなくても世界はつつがなく時間が過ぎるし、一日は終わっているんだ。あんまり頑張りすぎると今に友達がいなくなるぞ」
私とあなたの-13センチ。
「牛乳を飲めば背が伸びるなんて、迷信だから。確かにカルシウムは摂取できるけど、その他にもタンパク質やら何やら、色んな栄養素が必要なんだよ。……別に調べた訳じゃない。この前テレビでやってたのをたまたま見たんだ」
私とあなたの-12センチ。
「変質者に誘拐されそうになったなら、警察に届けた方がいいと思うけど。僕たちみたいな子供だけじゃ、頼りないと思わない? 力だって敵わないだろうし、変質者の頭の中にも考えが及ばないから危険と思うんだけど。とりあえず今日から毎日送り迎えするけど、早く親と相談してみなよ」
私とあなたの-11センチ。
「たい焼きって美味しいけど、そんなにいつも食べてたら飽きない? 確かにあんことかカスタードとか色んな味があるけど。どっかよその店では生地がクロワッサンだったり餅だったりするらしいよ。たまには別のとこで買えば? ……分かった、分かった。安藤はあそこのたい焼きが好きなんだな。じゃあ、買ってくるから、ちょっと待ってて」
私とあなたの-10センチ。
「体育祭の種目って変なのが多いよな。徒競走や玉入れはいいとして、借り物競争って何なんだろう。借りる物によっては入手困難で選手間差別が生まれると思うんだけど。スポーツの祭典のはずなのに、ちっとも実力を発揮できないしさ。だから、僕は借り物競争には絶対出ないよ」
私とあなたの-9センチ。
「へえ、安堂ってピアノ弾けるのか。入学式の曲ってアレだろ、『一年生になったら』ってやつ。皆歌うのが遅いからピアノを合わせるのが大変だって、いとこのお姉ちゃんが言ってたっけ。まあ、ミスしないようにせいぜい頑張って」
私とあなたの-8センチ。
「児童会長になりたいなら、応援演説を気にするだけじゃなく、日頃の行いを改めた方がいいよ。こういうのってイメージが大切だからさ。他人の意見を広く受け入れたり、人が嫌がる仕事とか掃除とかをすすんでやったりしてイメージアップを計った方が近道だと思う。一応原稿は作ってみるけど、どうせ安堂の好きなように作り変えられちゃうんだろ」
私とあなたの-7センチ。
「プロフィール帳? どうせ皆同じ中学へ行くのに、そんなの書いて何か意味あるの? 身長とか体重とか、他人のそんなデータなんて、僕なら知りたくない。……そんなに怒ることないだろ、安堂。僕一人のデータくらい抜けてても、問題ないと思うけど」
私とあなたの-6センチ。
「やっぱり知らない顔がたくさんあると不安になるよ。だから、安堂の顔を見るとほっとするんだ。特に、安堂の怒った顔を見るとね」
私とあなたの-5センチ。
「いくら夏祭りだからって、同級生の女子の写真を撮るなんて変態みたいで嫌だよ。二人で撮るっていうならまだしもさ。……その髪どうなってんの? 三つ編みがたくさんあってすごい。いや、浴衣にすごく似合ってるよ。デジカメ、家にあるけど充電されてるかなー」
私とあなたの-4センチ。
「どこでもいいから連れて行けって言ったの、安堂じゃないか。大丈夫、美人は日焼けしても美人だから。……って、何顔真っ赤にしてるの? 一般論だよ、一般論。あーほんと暑い。冷房強めようか」
私とあなたの-3センチ。
「お返ししなきゃいけないなら、チョコレートなんてもらうもんじゃないと思うな。10円チョコなら自分でも買えるし。っていっても、安堂にはそんなもの通用しないんだろうね。はい、喜んで受け取らせていただきます。お返しも考えとく」
私とあなたの-2センチ。
「告白されて嬉しかったけど、僕はその子のこと全然知らないし、人づての告白だったし。たとえ今後二度と告白されなかったとしても、なんとなく付き合うよりはよっぽど相手のためになると思う。無駄な時間を過ごさせたくないんだ。それならさっさと別の人のところに行った方がよっぽど有意義だよ」
私とあなたの-1センチ。
「安堂のつむじってど真ん中にあるんだね。たしかそれってちょっと珍しいはずだよ。大抵は右か左のどっちかに寄ってるんだ。へー、安堂のつむじ初めて見た。小学生の頃は身長が違い過ぎて全く見えなかったけど。視線も合わせやすくなったと思わない? ほら」
私とあなたの0センチ。
「彼女とは趣味が合うから、いいよって返事をしたんだ。安堂の言う通り、すぐにフラれるかもしれないけど、未来は誰にも分からないんだから、やってみなくちゃ始まらないよ。それに面と向かって告白してくるなんて、すごく勇気のある子だなって感心したんだ。安藤も何人かに告白されたって噂聞いたよ。そっちはどうなってるの?」
私とあなたの1センチ。
「安堂の言った通り、他人と付き合うって難しいね。何を考えているのか、何をしてほしいのか、ちっとも理解してあげられなかった。相手に悪いことしちゃったよ。何でだろうな、安堂のことならもっとよく分かるのにさ」
私とあなたの2センチ。
「ほら、安堂にもらった手袋、使わせてもらってるよ。これ、手編みなんだろ? すごく丁寧に編まれてる。ちょっと左手の親指の部分がキツイけど。はは、ごめんごめん。でも、深い緑色と黒の組み合わせ、僕の好みにぴったりだ。安堂のお父さんっていい趣味してるね。気が合いそうだな」
私とあなたの3センチ。
「絶対そう言うと思って、用意しておいたよ。はい、花とキャンディー。チョコレートは一緒に食べようよ。今缶コーヒー買って来るから。安藤はお砂糖なしのミルク入りだったよな? ホワイトデーも二人で何か持ち寄って、一緒に美味しいもの食べようか」
私とあなたの4センチ。
「一緒に勉強したいならそう言えばいいのに。成績だって、理系は僕の方が上だし。まあ、予定は空いてるから一緒に行こうか。10時ね、了解。家まで迎えに行くよ。最近また痴漢が増えたってニュースで言ってたから、心配」
私とあなたの5センチ。
「同じ高校に受かって良かったね。安堂のお母さんがウチのお母さんに僕の志望校聞いたらしいよ。その話、安藤は聞いてないの? まあなにはともあれ、高校生活の三年間もどうぞよろしく。本当に、不思議な縁だよね。大学も一緒だったりして。理系と文系だから、それはさすがにないかー」
私とあなたの6センチ。
「どうするかは安堂が自分で決めなきゃ。そうじゃないと絶対に後悔するよ。僕がそうだったから。その人が安堂のことを幸せにしてくれるなら、僕は心から祝福する。おめでとうってね」
私とあなたの7センチ。
「安堂。告白、断っちゃったんだね。僕が何か余計なことを言った? もしそうなら、よく分からないけど謝るよ。ごめん。僕はその方が安堂の幸せのためだと思って……本当にごめん」
私とあなたの8センチ。
「許してくれてありがとう。しばらくの間、安堂と話せなくてつまんなかったよ」
私とあなたの9センチ。
「呼んだ? 今読んでる本が、ちょうどクライマックスなんだけど。……はいはい、暇だから構って欲しいんでしょ? ちょっと待ってて、しおり挟むから」
私とあなたの10センチ。
「ごめん、第二ボタンどころか、全部のボタン取られちゃった。あ、シャツのボタンでもいい? こっちの方が制服よりも更に心臓に近いし。知らないの? どうして第一でも第三でもなく、第二ボタンなのか。場所が心臓に近いから、相手の心にも近いからなんだって」
私とあなたの11センチ。
「また来たの? 安藤の家からここまで、乗り換えなきゃいけないから大変でしょ。バイト先が近い? どうして自分の大学の近くにしなかったの? 今度から、二人の家のちょうど中間地点くらいに集合するってどうかな。え、何で怒ってるの? 全然分からないよ」
私とあなたの12センチ。
「き、キス!? ど、どうして……んんーっ! お願いだから引っ張らないで、首が締まる、首が締まる! ど、どうして安堂はいつもそう急なんだよ。男の方にも心の準備ってものが……んんーっ! はあ、はあ。こういうのは男の方から言うべきだと思うんだけどね。……好きだよ。今度は僕の方からキス、してもいい?」
私とあなたの13センチ。
「だから言ったじゃないか! 居酒屋のバイトは危ないよって。終わるの遅いし、道は暗いし、いつかこうなるんじゃないかと……いや、ごめん。今はそんなこと言ってる場合じゃなかったね。今すぐ行くから安全な場所まで急いで! 明日早いなんてことは気にしなくていいから。ああ、通話は切らないで!」
私とあなたの14センチ。
「他の女なんて目に入らないよ。僕は安堂だけで手いっぱいなんだ。そういう意味じゃないから、誤解しないで。安藤のことしか考えられないってこと。……安堂のこと、名前で呼んでいい? ……やきもちやいてくれて、ありがとう、桃花」
私とあなたの15センチ。
「僕だって、桃花のことが、す、好きだよ。きっと同じくらい。いつもそう思ってるけど、うまく言葉にできないんだ。分かってくれてると思って、逃げてたのかもしれない。これからは、なるべく言うようにするよ。1ヶ月に1回くらい……そんな睨まないで。半月に1回くらいで何とか許してくれないかな。君が思ってるよりも、勇気がいるんだ」
私とあなたの15センチ。
「ももか、結婚しよう。……じゃなくて、結婚してください! ごめん、驚かせちゃった? サプライズとか色々考えてたらよく分かんなくなっちゃって。僕の子供の頃からの記憶には、いつも桃花がいるんだ。これからの人生にも、桃花にいてほしいんだ。だから、僕と結婚してください。一緒に幸せになってください」
・
・
・
子供の頃のあなたの言葉は、いつも痛かった。だけど、その言葉が聞けなくなるのは、もっと痛い。
「今日も頑張ってるね」
白衣を着た医師がノックの後に病室に入ってきた。
私はお辞儀を挨拶代りに、再び横たわる彼に視線を向ける。
「なかなか恥ずかしいですね、過去の自分のセリフを再現するのは」
龍治が事故でこの病院に運ばれたのは、半年も前のこと。頭を強く打った彼は、命に別状はなかったものの、意識が戻らず、今でも眠ったまま。
目覚めたとしても障害が残るかもしれないし、記憶を失っているかもしれない。 心配で精神が不安定になった私に医師がすすめてくれたのが、睡眠療法だった。
たとえ身体は眠っていても、過去に起きたことや話したことを語りかけると、その当時の夢を見たり連鎖的に記憶を思い出したりするそうだ。
落ち込むばかりだった私は、それを聞いて希望が湧いてきた。
何としても目覚めてもらいたい。私のことを忘れないでもらいたい。それはひどく自分勝手な欲求なのかもしれないけれど、それだけが今の私の生きるよすがなのだ。
医師はあまり根を詰めないようにと念を押して出ていった。
私と彼は、透明な厚いビニールで隔てられている。
手を伸ばせば、届きそうなのに。
今にも動き出しそうなその手までの距離は、15センチ。
出会った頃の、そして今の、身長差と同じだ。
ほんと、龍治は私に振り回されてるふりをしながら、天然のタラシだった。
そして、絶対自分の考えを曲げない頑固さを持った男の子だった。そんなところが好きだった。もちろん、今でも。
「また明日来るからね、龍治。『私がいないと寂しいでしょ? 分かってる分かってる』。……じゃあね」
いつもの別れ際のお決まりのセリフを言い、私は病室を後にした。
いつか龍治が目覚めるまで。いや、二度と目覚めないとしても。
私は彼に会いにこの病室に通って、今までの二人の思い出を語り続ける。
そうして、再び恋になるまで、待ち続けるのだ。
恋になるまで、待っている 雪永真希 @yukinaga_maki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます