恋になるまで、待っている

雪永真希

第1話 それはまるで恒星のように、近く、遠く。

僕とキミの15センチ。


「もう、チビクソりゅーじ! ほうきで野球やってないでちゃんと掃除してよね! ほんと男子ってバカばっかりで嫌になっちゃう! おかげで見たいテレビがあったのに間に合わないじゃない。今日最終回だったんだからね。おわびに帰りにたい焼きおごってよ。え? 今200円しか持ってない? それで十分よ。だってたい焼きひとつ150円だもの。あんたは食べなくてもいいでしょ。ほら、さっさと机運んで! 引きずらないで、持ち上げるのよ!」


僕とキミの14センチ。


「もう少し離れてよ。同じマンションなんだから、一緒に帰ってると思われたら超迷惑。ただでさえ黒板にアイアイ傘書かれてんだからね、私たち。全く、冗談じゃないってのよ。りゅーじみたいなチビとだなんて、ゴメンなんだから! 私の理想はね、とっても高いの。背が高くって、頭が良くて、もちろんカッコ良くて、優しくて、私の言うことをぜーんぶ聞いてくれる、完璧な男の人。分かった? 間違ってもチビクソりゅーじとは似ても似つかないんだからね」


僕とキミの13センチ。


「チビりゅーじ、休んだ人の分の牛乳、全部飲みなさいよ。そしたらちょっとは背がのびるんじゃない? ……お腹こわすって? あんたって、ほんといいとこナシなのね。じゃあ、ずっと鉄棒にぶら下ってれば? ちょっとは伸びるかもよ。腕だけ伸びるって? 重力で身体が伸びるかもしれないじゃない。口答えする男はモテないわよ。分かったら、これから毎日牛乳を1リットル飲みなさい」


僕とキミの12センチ。


「りゅーじ、家まで私のランドセル持たせてあげる。チビでも番犬くらいにはなるでしょ。ほら、私って可愛いから誘拐されそうで怖いのよね。この前も変なおじさんに道聞かれたし。……うるさいわね。ただ道が聞きたいならその辺の大人に聞いた方がいいのに、わざわざ私に聞いてきたのよ? あれは絶対に誘拐犯よ。目つきが怪しかったもの。ほんと、私くらい可愛いと毎日変質者に狙われないか不安で夜も眠れないわ。だからあんたは私を家まで送る義務があるの。分かったら早くランドセル持ってよ」


僕とキミの11センチ。


「あいつら、ムカつくわ。チビりゅーじをいじめていいのは、あたしだけなんだから。あんたもあたし以外にいじめられたらダメよ? 分かった? あんたがちょっとテストや体育でいい成績取ったからやっかんでるのよ。でもね、あんたもあんたよ。あーゆー奴はまともに相手にすると喜ぶだけなんだから、適当に流せばいいのよ。どうせ一人じゃなんにもできないやつばっかりなんだから。今度また何か言ってきたらすぐに私を呼ぶのよ? 仕方ないから、ご近所のよしみで助けてあげるわ。お礼はいつものアレでいいからね!」


僕とキミの10センチ。


「この走った分だけ色を塗るヤツって無意味じゃない? 何周走ったかなんて自己申告なんだし、絶対にズルして多く塗ってる人いるわよね。このために朝早く登校したり、中休みや昼休み、そんで放課後が潰れるのって納得いかないわ。どうして皆真面目に走っているのかしら。……え? 私も適当に塗ればいいじゃないかって? そんな訳にはいかないわ。そーゆーズルって許せないの。だから、チビりゅーじが私の代わりに走ってよ。ううん、ちっともおかしくないわ。だって、実際に走ってるんだから、ズルじゃないもの。あんたって頭が固いのねー。もっと柔軟性を持ちなさいよ。そんなんじゃ将来頭でっかちな大人になっちゃうわよ」


僕とキミの9センチ。


「私、児童会長に立候補することにしたの。あんたには、応援演説をしてもらうわ。私の役に立てて嬉しいでしょ。いい? 私の長所ばかりを並べ立てるのよ。たくさんあるから、簡単でしょ? それで、次に私が児童会長になったらここがどれだけ素晴らしい学校になるかを言うの。明日までに応援演説の原稿を作ってくるのよ。私がチェックしてあげるわ。私が児童会長になれるかどうかはあんたの原稿にかかってるんだから、くれぐれも頼んだわよ!」


僕とキミの8センチ。


「もっと詰めてよ、先生に見つかっちゃうじゃない! あーあ、せっかくの修学旅行の夜なのに、チビりゅーじの布団にはいっちゃうなんて最悪。せめて健くんの布団に入れば良かったー! いや、別に好きでもなんでもないけどね? 健くんとなら他の女子に自慢できるじゃない。りゅーじとなんて、笑い話にもなんないし。……ちょっと、どこ触ってんのよ、この痴漢! 今私のお尻触ったでしょ! いーや、確かに手がかすったわ。痴漢は皆そーゆー風にやってないって言うのよ。言い逃れは許さないわよ、出るとこ出て……もががっ、何するの!」


僕とキミの7センチ。


「もうすぐ卒業式ね。といっても、受験組以外は皆同じ中学に進学するんだから、寂しくもなんともないわね。他の小学校からも来るから、生徒数はぐっと増えてにぎやかになるでしょうね。名前を覚えきれないかもしれないわ。もちろん、中学でも生徒会長を狙ってるんだから、全校生徒の名前くらい覚えて当然よ。勉強も難しくなるでしょうし、あんたもうかうかしてられないわよ。今までちょっとばかしいい成績が取れてても、生徒数が増えればそうはいかないわ。自分が井の中の蛙だったと思い知ることね」


僕とキミの6センチ。


「あんたの学ラン、ブカブカすぎない? 袖がブランブランしてるじゃない。どうせ大きくならないんだから、ジャストサイズのを買えば良かったのよ。期待しすぎなのよ。まさかバスケ部に入ろうなんて思ってないでしょうね? バスケすれば身長が伸びるなんて、迷信なんだからね。もともと伸びる要素があった人たちなのよ。りゅーじはダメよ、要素が全く無いんだもの。早めに諦めることね。もう着ちゃってるんだから交換無理でしょうね。スカートはクリーニング屋さんで短くしてもらえるんだから、きっと学ランの袖と裾も短くしてもらえるわよ。さっそく行ってみたら?」


僕とキミの5センチ。


「ふう、ようやく期末テストが終わったわねー。あー暑い。ちょっと、りゅーじ、アレ買ってきて。馬鹿、たい焼きじゃないわよ。夏といったらかき氷でしょ。え? 溶ける? それもそうね。そういえば今日って夏祭りじゃない? しょうがないわね、寂しい青春を送ってるあんたに付き合ってあげるわ。6時に集合でいいわよね。特別にとびきりかわいい私の浴衣姿を披露するから、デジカメを忘れずに持ってくるのよ」


僕とキミの4センチ。


「夏休みも終わったのに、暑いわねー。夏祭りに、海に、遊園地に、さすがに遊びすぎたかしら。日焼けして肌が真っ黒! だから映画がいいって言ったのに、あんたがワガママ言うから。見てよ、せっかくの美貌が台無しだわ」


僕とキミの3センチ。


「ほら、これあげる。あんたなんて、10円チョコで十分でしょ。どうせお母さんとお姉さんにしかもらえないんだから、ありがたく受け取りなさいよね。あーあ、私ってどうしてこんなに優しくて親切なのかしら。あ、そのかわりホワイトデーは10倍返しだからね。当然でしょ? ……待って、10倍だと安すぎない? 100倍、いや、200倍は必要よね。待ってて、ホワイトデーまでにお返しを考えておくから」


僕とキミの2センチ。


「チビりゅーじ、あんたリカちゃんの告白断ったんだって? チビのくせにナマイキな。リカちゃんのどこに不満があるってのよ。それに、もう二度と女子に告白されるなんて無いかもよ。そんな貴重なイベントをあっさりスルーしていいと思ってんの? 女なんてフラれてもすぐに別の人を好きになっちゃってあんたを好きだったことなんてきれいさっぱり忘れちゃうんだからね。後でやっぱり付き合ってって言っても遅いんだからね?」


僕とキミの1センチ。


「ちょっとばかし背が伸びたからってナマイキなのよ。あれだけあたしが面倒みてやったのを忘れたの? 何よ、どっかの俳優みたいに髪伸ばしちゃってさ。あんたには昔みたいなボーズ頭がお似合いよ。皆知ってるのかしら、りゅーじがめちゃくちゃチビでだらしなくてダメな男だったってこと。言いふらしてやろうかな。黙っててほしかったら、たい焼き二つね! 黒あんと、カスタード! ほら、文句言わずに買ってくる! 5分以内ね! ほら、いーち、にーい、さーん……」


僕とキミの0センチ。


「あんたに彼女だなんて10年早いのよ。どうせ付き合ったってすぐにフラれるんだからね! そん時は『ザマーミロ』って言ってやるんだから。たぶん、一ヶ月ももたないわね。賭けてもいいわ。りゅーじが彼氏って役割をうまくこなせるとは思わない。断るなら今のうちよ」


僕とキミの-1センチ。


「ほら、やっぱり私の言った通りになったじゃない。あんたに男女交際なんて10年、いや、20年早いのよ。寂しいんでしょ。今日はオールでカラオケに付き合ってあげるわ。私の美声を聞かせてあげる。嬉しいでしょ?」


僕とキミの-2センチ。


「龍治、手袋持ってないの? ……しかたないわね、これあげる。別にあんたのために買ったんじゃないから。お父さんへのクリスマスプレゼントにしようと思ったら、お母さんと被っちゃっただけなんだから、誤解しないでよね!」


僕とキミの-3センチ。


「これあげるわ。自分用に買ったチョコレートだけど、やっぱり太るからやめたの。有名なお店のやつなんだから、心して食べなさいよ? 私の手作りのチョコレートが食べたい気持ちは分かるけど、私そんなに暇じゃないの。そもそもバレンタインって外国じゃあ男性が女性に贈り物をする日らしいわよ? あら? 龍治は私に何も用意してないの?」


僕とキミの-4センチ。


「いよいよ受験生ねー。龍治はどの高校狙ってるの? ……やっぱ聞かない。あんたの進路なんか、これっぽっちも興味なんてないんだから。それよりも、今度の日曜日予定ある? ないわよね? 私が特別に勉強を教えてあげるわ。10時に市立図書館で待ち合わせね!」


僕とキミの-5センチ。


「まさか高校まで一緒だなんて、腐れ縁もここまできたかって感じよね。ま、仲良くしてあげてもいいけど?」


僕とキミの-6センチ。


「龍治、龍治。私、学校一のイケメンに告られちゃった。どうしたらいいと思う? ……私の好きなようにしたらいいって……あんたそれ本気で言ってるの? もう知らないっ! 絶好よ!」


僕とキミの-7センチ。


「……」


僕とキミの-8センチ。


「……そろそろ、許してあげるわ。いつものアレ、買ってきて」


僕とキミの-9センチ。


「ねえねえ龍治。んーん、特に用事はないけど、呼んだだけ」


僕とキミの-10センチ。


「どうしてもって言うなら、第2ボタンもらってあげてもいいわよ? 龍治にも男のメンツってやつがあるでしょ」


僕とキミの-11センチ。


「やっぱり大学が違うと会う機会ってぐっと減るのね。感謝しなさいよ、私がわざわざ来てあげてるんだからね。さ、何か食べに行きましょ。もちろん、龍治のおごりね」


僕とキミの-12センチ。


「早くかがみなさいよ。全く、気が利かないわね。キスしにくいじゃない。……黙ってないで、何か言いなさいよ。いっつも私に言わせてばっかりで、ずるい」


僕とキミの-13センチ。


「龍治、龍治、助けて。だ、誰かにつけられてる気がするの。だって仕方ないじゃない、バイトが遅番だったんだもの! あっ、お願いだから切らないで! え、今からこっちに来る? いいの? 明日早いんでしょ? ……うん、ありがと。とりあえず、コンビニに飛び込むから、早く来て。待ってる」


僕とキミの-14センチ。


「さっきの女、誰? 授業のノートくらい、他の人にも借りられるでしょ。絶対龍治狙いよね。あんたって押せば何とかなりそうな雰囲気出してるもの。変な女に引っかからないか心配だわ。私がこれまで以上に見張っておいてあげる」


僕とキミの-15センチ。


「龍治。好きよ。たぶん、あんたが思ってるよりも、ずっとね。言わなくても分かってると思うけど、私が言わなきゃ気がすまない性格なのは誰よりも龍治が知ってるでしょ?」


僕とキミの、-15センチ。


「龍治。神様でもない、他の誰でもない、私はあんたに永遠の愛を誓うわ。だって私、あんた以外を好きになったこと、ないんだもの。きっとこれから先もあんた以上の人は現れないに違いないわ。龍治も、そうよね? 」

 どうした訳か、僕は君に振り回されるのが、けっこう楽しいんだ。最初の頃は怒ってばっかりで苦手だとさえ思っていたのに、不思議だね。

 僕に初めての彼女ができた時、君の強気な顔に影がさしたのを、はっきりと覚えている。

 それからだ。僕が君を、異性だと認識したのは。

 そして芽生えた感情が、恋になるまで、待っていた。


 僕にとっても、君は最上の人。

 こんな風にタキシード着て、大勢の招待客のまえでカチコチになって、それでもこの場にとどまっているのは、全て君のため。

 君の最高に幸せそうな笑顔とウェディングドレス姿を堪能するため、ただそれだけ。


 きっと、これから先、幾度となく二人の距離は開いたり狭まったりするだろう。

 君はそんな性格だし、いや、そんな性格なところがすきなんだけど、僕はこのとおり鈍いからケンカもたくさんするだろうね。

 その度に仲直りをして、また0センチになろう。

 君が長い睫にふちどられた目を閉じる。

 僕は、君に誓いのキスを贈る。



 そして、僕とキミの距離は、また0センチになった。

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