封印


          *


 黒髪の魔法使いは、地に臥し。


 純白の大聖女は、天を仰ぐ。


「……信じられぬ怪物じゃ。生きておる」


 火精老のガノバースが目を凝らしてつぶやく。


「はぁ……はぁ……恐ろしい魔法使いです。聖天使の息吹きアングル・レイが当たる直前。瞬時に彼は魔法の分解を試みました」


 未だ息を激しく切らしながら、テスラがつぶやく。


「分解? 何を言っておる」


 土精老のゴナッソが、意味がわからない様子でつぶやく。


「魔力を込めた指で直接触れ、属性を5つまで分解してみせた。ですが、2つは分解しきれずに喰らった」

「……瞬時に閃き実践したというのか。なんという天性センス


 忌々しげにゼノスがつぶやく。


「紛れもなく最強魔法使いじゃ。間違いなく、大陸全土を狂わせる猛毒よ」


 木精老のジナジョア=フブルゲが忌々しげに言う。


 ヘーゼン=ハイム。


 戦天使と怪悪魔を操る至高の魔法使い。五属性の中位精霊の契約を済ませた完全無欠の魔法使い。聖と闇の魔法を混合ブレンドさせた聖闇魔法を完成させた次世代の魔法使い。


 当時、大国の一角を担っていたデルシャ王国を単騎で滅ぼし、裏の世界を席巻していた死者の王ハイ・キングすらも撤退に追いやった……名実ともに最強の魔法使い。


 だが、あまりにも強すぎた。


 大陸は、この超異端児の出現を歓迎しなかった。ヘーゼン=ハイムという魔法使いは、あまりにも真っ直ぐだった。既得権益を忌避し、大国の王たちに対しても一歩も引きはしない。


 アリスト教の大司教に対しても、礼を尽くさず、むしろ、汚職に手を染めた高位の聖職者をこき下ろし、敵対する者は、容赦なく蹂躙した。


 その我儘な生き方は、全方位から批判の嵐。それでも、自分を曲げることなく、我が道を堂々と歩むという唯我独尊の極み。


 ハッキリ言って、やりたい放題だったのである。


「だが、これで大陸の混乱も終わるじゃろ。さあ、息を吹き返さぬうちに」


 そう言って、金精老のガラクシャ=ロギシが構えると。


 黒髪の魔法使いが、瞬時に戦闘の構えを取る。


「……っ」

「落ち着いてください!」


 テスラが反射的に攻撃を加えようとする五精老を止める。


「意識は失ってます。今の彼は、敵意に反応しているに過ぎません」

「……なんという殺戮本能だ」


 木精老のジナジョアが、呆れ返るようにつぶやく。


 だが、テスラは少しも動じずに、戦闘の構えをとるヘーゼンに近づき、その身体を優しく抱く。


「……なぜ、貴様には反応しない」


 ゼノスが面白くなさそうにつぶやく。


「私は、彼への敵意はありませんから」

「……ふん」

「……」


 金髪の大聖女は、ソッポを向いた黒の魔法使いを、困ったような笑顔で首を傾げながら、やがて五精老の方に振り返る。


「私が彼を封印します」

「……どういうつもりじゃ? その獣を生かしておくというのか?」

「彼は、ロキエルを完全に従属させた魔法使いです。彼が死ねば、怪悪魔は再びこの大陸を暴れ回るでしょう。その猛威に対抗できますか?」

「……」


 ゼノスは沈黙する。非常にあり得る話だ。ヘーゼン=ハイムの従属のさせ方は、怪悪魔の憎悪を買っている。解き放たれた時に、憂さ晴らしに暴れ尽くすことなど容易に想像ができる。


「安心してください。私以外に誰も解けない封印を施します」

「……ヘーゼン=ハイムは、さぞ驚いたことだろうよ。貴様が老害どもと手を組んだことに」


 黒の魔法使いは、皮肉めいた表情で笑う。


「貴様にだけは言われたくないな。それに、手を組むということで言えば、死者の王ハイ・キングである貴様の参戦に驚いたぞ」

「……ヤツを消す絶好のタイミングであったというだけだ。それ以上でも、それ以下でもない」

「ククク……気が合うの? じゃ、多数決で決めようか?」


 五精老は、全員が魔法を構える。


「大聖女よ。その小僧を置いて行け。貴様のその偽善、吐き気がする。我らがその獣を管理すれば問題ないじゃろ? 死者の王ハイキングも、依存はないな」

「……馬鹿が」


 黒の魔法使いは、小さくため息をつく。


「どういう意味じゃ?」

「そこの女は、攻撃よりも治療が得意な女だぞ? 一瞬にして、この場の命を握られたことがわからないのか?」


「「「「……っ」」」」


 五精老は、生唾を飲む。あまりにも自然な動きで、誰も彼女の行動を静止することはなかったが、確かに、ヘーゼン=ハイムの回復をされれば形成は一気に逆転する。


 いや、それどころか。大聖女とヘーゼン=ハイムの組み合わせはヤバすぎる。


 だが。


「え? そんな気はありませんでしたけど」


 テスラはコロコロと笑う。


「……くだらない。私は帰る」


 そう言い残して、ゼノスは闇の中へと消えた。その場に残された五精老は、戦々恐々とした様子でテスラの動向を見守る。


「安心してください。先ほど言った通り、彼を封印しますよ。この人は……あまりにも人を殺しすぎる」

「……どこに?」

「ナルシャ国の森の奥にでも。あそこには、アリスト教の本拠地がありますから。あなた方も、『裁定者』を名乗るのならば、もう少し大陸のために仕事をしてくださいね」


 そう言い残して。


 テスラは、光を残して消えていった。

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