至高の戦い(2)


「あれが……聖闇の魔法壁」


 土精老のゴナッソ=ガリーダが、ゴクリと生唾を飲む。全ての属性魔法を無効化する完全なる防御結界。五精霊が放った極大魔法を、完全に防いだ。


 相反する属性を一つにすることで、絶対的な不可侵領域を作り出すヘーゼンの新魔法オリジナルである。


「貴様らの古臭いことわりじゃ破れないよ」


 黒髪の青年はどこまでも不敵な表情を浮かべ、彼らを見下し、笑う。


 ヘーゼンに食いついた。


 瞬間、戦天使リプラリュランが飛翔し、テスラの方へと向かう。五精霊を惹きつけられたおかげで、彼女が手薄だ。


 大聖女の首さえ獲れば、まだ勝機はある。


「……っ」


 しかし、そこに白銀の軽鎧を纏った屈強な男たちが立ち塞がった。夥しい死体に埋もれて隠れていた十数人の剣士たちは、戦天使の猛攻を辛うじて防ぐ。


「テスラ様! ご無事ですか!?」

「はぁ……はぁ……ええ。なんとかね」

「……アリスト教守護騎士か」


 ヘーゼンは忌々しげに唇を噛む。信徒百万から選りすぐられた精鋭中の精鋭。接近戦において、こちらの攻め手も封じられた。


 その時。

 

「クッ……クエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエッ!」


 怪悪魔ロキエルの奇声が響きわたる。力天使カサレオンが振るった天蓋の聖剣が、悪魔の左腕を斬ったのだ。


 怪悪魔は、おびたただしいほど気色の悪い奇声をあげて、ヘーゼンの元へと一時的に戻る。


 だが。


「おい……誰が撤退していいと言った?」

「クックックエエッ!?」


 黒髪の青年は、怪悪魔の顔に足を乗せ、尋ねる。


「クエエエエエエッ! クエックエエエエエエッ! クエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」

「……なるほどな。まだ、調教が足りないようだな」

「クッ……エエエエエエエエ!?」


 ヘーゼンはゆっくりとロキエルの胸に手を入れて心臓を思い切り握る。


「グエエエエエエエエッ! グウエエエエエエエエ!」

「壊れた玩具おもちゃの運命がどうなるか知ってるか? 貴様の心臓に永劫消えない楔を打たれたくなければ……行け」

「クッエエエエエエエエッ!」


 怪悪魔は泣きながら、鬼気迫る勢いで力天使に向かっていく。片手であることを感じさせないような猛攻で、再び勢いを盛り返す。


「恐ろしい魔法使いよ。小国家すら滅ぼす、あの怪悪魔を完全に従属させている」

「この大陸の意思を奪い、思うがままに動かしている貴様らほどじゃないよ」


 そう言い捨て。


 ヘーゼンは間髪入れずにシールを描く。


 守りの聖闇魔法を維持しながら。


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 攻撃の聖闇魔法を放つ。


 だが。


「……っ」


 いつの間にかテスラの隣に存在していた黒の魔法使い。その姿を捉えたヘーゼンは絶句する。


 死者の王ハイ・キング、ゼノス=レアル。


 ヤツまで……


「合わせられるのだろうな?」

「……ふふっ」


 無愛想な黒の魔法使いの問いに、テスラは笑い、瞬時の澱みもなくシールを合わせる。


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


 相殺。初見で、ヘーゼン渾身の聖闇魔法を相殺してみせた2人の怪物。


「どういうつもりだ? なぜ、これまで忌避してきたアリスト教の大聖女に手を貸す?」

「……貴様は危険すぎる。この大陸にとって、あまりにな。不本意ながら、一時的に手を組むことにする」

「……」


 ヘーゼンは静かに息を吐き、シールを描き始める。それは、新魔法オリジナルである聖闇魔法よりも、更に時間を要する新魔法オリジナル


 その淀みない指の動きは、誰もが見惚れるほど早く精緻だった。


 聖闇の魔法壁が壊される前に……決着ケリをつける。


「恐るべき獣じゃ。これだけの戦力が結集を前にしても、なおも、わらっておる」


 水精老のベジゴール=ラビルエが圧倒的な戦慄を抱きつぶやく。


<<絶対零度の 鋼鉄よ 木々を生み出す大地よ――

 

 果てしないほどの魔力が、ヘーゼンの元に集まる。


 水、火、金、木、土。各々の属性を持って超魔力を込めて。一つ一つが最強クラスの威力になるほどの魔法を、その糸を渡るような繊細さを持って。息を吐くことすらできないほどの緊張感を持って。


 七属性魔法。


 自然界に存在する5属性魔法に加え、光と闇、計七属性の出力を最大限まで上げて放つ最強秘術である。


 最高峰の属性魔法を操る魔法使い。


 光と闇の怪物。


 それらを前にして、ヘーゼンの魔力は益々上昇する。


 対して。


 息を切らしたテスラは慈愛に満ちた表情で笑う。


「はぁ……はぁ……私に最強の極大魔法を」


 一言で。


 彼らに、すべきことを結集させた。


 ――炎よ限界を超え灼熱すら焼き尽くし――


 なおも、ヘーゼンの詠唱チャントが続く中。テスラの周囲に白光が舞い降りる。


 収束魔法。


 全てのことわりを結集し、その力を放つアリスト教徒門外不出の秘技だ。


 五精老と死者の王ハイ・キングは、一斉にテスラめがけて、それぞれの極大魔法を放つ。


 ――漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ――


 終盤の詠唱チャントを開始した時。ヘーゼンの身体が蒸発を始める。熱ではない、なんらかによって。その存在を昇華するように。全てが無に溶け込むように。


 ――闇獣よ その光印をもって――


 放たれた魔法を纏ったテスラは、それを果てなき原初の光へと昇華する。その光はどこまでも巨大で神々しいものだった。


 ヘーゼンが。


 テスラが。


 互いに至高の一撃を放つ。



























 ――万物を滅する一撃を>>ーー神羅万象の一撃ゼール・バ・ドー


<<神の光よ 使徒の想いを集め 悪しき者を 裁かん>>ーー聖天使の息吹きアングル・レイ


 

 



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