ホテル
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一流ホテル『パリエステリッテ』。大陸有数の優秀なホテルである。中でも、支配人のデルモデッタは、その業界では有名人だ。彼は、顧客のあらゆるニーズに応えてきた、伝説的な支配人である。
そんな彼の逸話がある。ある晩、酔ったVIPが『国王を連れてきてくれ』と無茶な要求を行った。困り果てるホテルマンたちの中で、デルモデッダだけは違った。
彼はあらゆるツテと交渉術を駆使し、当時の国王をホテルへと立ち寄らせることに成功させた。デルモデッタは、最上階のバーで飲む国王の隣に座らせ、『ご要望に添えましたか?』と顔面蒼白のVIPに尋ねたという。
顧客のニーズは、必ず答える。
しかし、それ相応の金額でね。
それが、デルモデッタの美学であった。
「はう?」
そんな彼が。
かつてないほど、ヤバい声で聞き返した。『はい』では、なく『はう?』。新人ですらやらかさない失敗に、デルモデッタ自身が驚いた。当然、過去にそんなことは一度もない。ホテルマンとして、あるまじき行為。
しかし、よく意味が理解できない。
「監禁部屋を作りたいのですが、準備して頂けますか?」
「……はう?」
やはり、幻聴を聞いてしまった。すでに、50歳を超え、とうとう幻聴が聞こえるようになってしまった。これが、年齢という壁であるのかと、デルモデッタは老いの悲しさを知る。
「そうですよね、無理ですよね。アシュ様。だから、言ったじゃないですか」
「ふぅ……ここは、素晴らしいホテルだと聞いていたけどね」
「……っ」
異様な風貌の男が挑発めいたことを言ってくる。しかし、これは当然の失態だ。ここ連日の盛況で疲れていたのか。まさか、幻聴なんて。
「も、申し訳ありません。も、もう一度言っていただけますか?」
「監禁部屋を作りたいのですが、準備して頂けますか?」
「は、はうぅ……」
幻聴じゃないんか、とデルモデッタは額に汗を流す。
しかし、同時に彼はほくそえんだ。それなら、むしろ、好都合だ。たまに、このような客がいる。できもしない要求を突きつけ、一流のホテル側に対して、優越を誇ろうというモンスターカスタマーが。
この挑戦、受けてやろうじゃないか。
いや、むしろここからがデルモデッタの真骨頂と言っていい。
「かしこまりました。しかし、ここで数点確認をさせていただきたい」
「どうぞ」
恐ろしいほど端正な顔だちをした執事が淡々と答える。
その綺麗な顔が歪むと思うと。
デルモデッタは、思わず、心の中でほくそ笑む。
「特別オーダーには、特別な対価をいただきたい」
「当然です」
「……最悪、このホテルは取り潰しになり、我々は牢獄に入れられて生涯日の目を見ることはないかもしれない」
「心配ないって」
「……っ」
脳天気な主人が、脳天気な言葉を差し込んでくる。しかし、そうはいかない。そうは、させない。
デルモデッダは100パーセントスマイルを浮かべながら、その失礼な問いに対応する。
「そのようなことはあなたが決めることではなく、当ホテルが判断すべきリスクでございます」
「ごもっともです。アシュ様、シーッ」
「ふっ……」
ニヒルな笑みを浮かべる白髪の主人がうっとうしい。プライベートで出会っていたならば、真っ先にガン無視する類いの男だ。
どうせ、金だけ持っている世間知らずのボンボンなのだろうと、デルモデッタは推察する。
「……話を続けます。このようなリスクは、我々ホテル側にとっては非常に重大なリスクだ。したがって、そのリスクに見合った金額を前金で頂きたい」
「わかりました。いくらでしょうか?」
「……アシュ=ダール様。あなたもよろしいですか?」
「うん。いいよー」
「……っ」
軽っ。
返答が明らかに軽すぎる。『所詮はジョーク』、『軽い冗談だった』、そんな、逃げるつもりなのか。
そうはさせない。
「本当ですか?」
「どういう意味だい?」
「我々は本気です。あなたの要望に対して、本気で答えようとしております。だから、あなたがもし相応の対価を支払いいただけるのなら、私は要望に応えましょう」
「……わかった。約束しよう」
「ありがとうございます」
デルモデッタは言質を得て、心の中でほくそ笑んだ。
「であれば、このホテルの10倍の金額。それを、前金で頂きたく思います」
「10倍……」
「言ってみれば、我々は不法行為に手を貸す訳だ。繰り返し言いますが、最悪――」
「安いね。ミラ、
「はい」
「は……はうううっ……」
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