贖罪
キョトン。イジメっ子たちの家族は、キョトンとしていた。いったい、この男はなにを言い出したのだろうか。生徒の親を代表して、カストロの父親であるグズガが尋ねる。
「あの……どういう意味でしょうか?」
「ん? だって。君が『万死に値する行為』と言っていたじゃないか」
「い、言いました」
「だから、殺すんだよ。なにか問題でもあるかい?」
「……っ」
言ったけど。
グズガは正直気に入らなかった。他ならぬ超権力者である筆頭大臣、リデールが罰しないと言ったのだ。この白髪の若い男に、なんの権利があるのだろうか。
「あなた、外部の人ですよね? そんなこと、とやかく言われる権利ないと思いますよ?」
「僕はナルシー君の教師だから、十分にあると思うがね」
「で、でも! 過去のことじゃないですか!?」
「過去のことにもかかわらず、君たちは子どもたちの罪を認めて、『万死に値する行為』だと認めたのだろう?」
「そ、それはそうですが……」
「じゃあ、問題ないじゃないか。君たちが望む行為を僕がやってあげるだけだ」
「……」
ここで、グズガは、筆頭大臣リデールをチラ見する。なんとか、反省したフリを見せたいが、この白髪の魔法使いが、イチャモンをつけてくる。
ハッキリ言って、滅茶苦茶、ウザい。
「この国の法では裁けない。しかし、君たちは死ぬほど悔いている訳だから、ミラが君たちを殺せば、なんの問題もないわけだ」
「こ、ここで私たちを殺せば、あなたたちは殺人罪で捕まりますよ?」
「捕まらないよ。だって、この大陸で僕以上の魔法使いは存在しないからね」
「……っ」
白髪の魔法使いは、朗らかな笑顔を浮かべる。
「法律というのは、国家という強大な権力を行使するから効果があるのであって、僕にそれを当てはめようとする権力者は今の所はいない。そうだよね?」
「……」
リデールは難しい表情をして黙っている。
「こ、こんな妄言を言わせておいていいんですか? リデール大臣の知人とは言え、この人、頭、大丈夫ですか?」
グズガが、遠慮がちに尋ねる。
その時。
サクッ。
「……えっ?」
背中から音が聞こえて。
振り向くと、胴体に血が滲んでいた。そして、コンマ数秒で激痛が押し寄せてきて、悶絶して倒れる。
「血……ちぃ!? ひぎゃ……ひぎゃああああああああ!」
「ほら。こうやって、ナイフで刺しても、罰せられないんだ」
アシュは、にこやかにリデールを見る。
「ぐっ、ぐうっ……な、な、なにを……リデール大臣! この異常者が法を犯してます! は、早く衛兵を!」
「……」
「ほら、呼ぶ気はないだろう? ここには王もいるから、本格的に暴れられたら困るだろうからね」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁ! り、リデール大臣! は、早く衛兵を!」
「まだ、わからないのか。だったら……」
<<闇よ闇よ闇よ 冥府から 出でし 死神を 誘わん>>
アシュが唱えると地面から黒い魔法陣が現れ、悪魔ディアブロが現れた。アシュが召喚できる悪魔の中でも高位で、最もよくコンビを組む間柄と言っていい。
「あがっ……ひっ……」
「リデール君。気が変わった。この愚か者たちをくれないか?」
「な、な、なにを……」
「わからないかい?」
そう尋ね。
闇魔法使いは。
歪んだ笑顔を浮かべる。
「地位も。財産も。家族も。生殺与奪の権利も。すべて、欲しいんだよ」
「ば、ば、バカな!」
カストロの父親は、まったく、理解できなかった。この異常者はさっきから、なにを言っているんだ。
一言もわからない。
一言すらも理解できない。
そして、さっきから苦い表情を浮かべているリデールも、まったくわからない。
それでも、アシュと言う男は、馴れ馴れし気にリデールに語りかける。
「もちろん、君の答え次第で。ディアブロは躊躇なく玉座を襲うよ? この城のすべてを消滅させてまで守る価値のある命かい?」
「……なぜ、このようなことを?」
リデールは落ち着いた表情で尋ねる。
「嫌いなんだよ。嘘の反省も。偽りの謝罪も。腐った被害者面も。だから、せめて、後悔だけはさせてやろうって思って」
「……」
「虐められた子は、たとえ、そいつが死んだって、心が晴れやかにはならない。くだらない行為に勤しむ輩に、楽しいはずだった青春時代の追憶すら奪われるのさ。不公平だろう?」
「……」
「だから、彼らの現在と未来を奪おうと思う。僕のやり方で、僕が気の済む方法で」
「そんなもの……許されない」
そうつぶやくと。
アシュはリデールの額ギリギリまで近づいてつぶやく。
「誰が誰を許すんだい?」
「……」
「アシュ様。終わりました」
気がつくと、生徒たちが全員気絶していた。
「さすがはミラ。シス君とリリー君はもう少し、手間取ると思っていたが」
「……彼女たちは、忘れているのです。私が感情のない人形だと言うことを。あなたの命令であれば、命ですら容易に奪えると言うことを」
「いい答えだ」
アシュはニヤリと笑い。
思い出したように白髪の老人を見つめる。
「ライオール。生徒たちは置いていく」
ここからは、大人同士の付き合いだから。
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