*


 カストロの父親、グズガが目を覚ますと、手足は縄で縛られていた。周囲を見渡すと、そこは牢獄のような場所だった。他のイジメっ子の親たちも、同じように手足を縛られている。


「あの、ここは?」

「あぐっ……あぐぅ……」

「……」


 グズガが話しかけても、呻くばかりで誰も答えない。そんな中、低く澄んだ声が部屋中に響く。


「話しかけられないように、魔法をかけているよ。多人数で話されてもうるさいからね」

「……っ」


 牢獄の外で。白髪の男が足を組んで座っていた。笑みを浮かべ浮かべながら、こちらのことを観察している。確か、アシュ=ダールというリデール大臣の友人。


「お、おい! ここはどこだ?」

「一流ホテルのパリエステリッテだよ。なかなかの支配人で、数時間ほどで地下を改装してくれたよ」

「はっ……くっ……」


 言っている意味が、まったくもってわからない。このアシュ=ダールという男は、いったい、何がしたいのだ。


「さて。一応、僕が君たちを罰する権限を持つわけだが」

「ひっ……」


 アシュは指を1本立てる。


「まず、考えたのは親である君たちを殺して、イジメっ子の息子たちに、消えない罪を背負ってもらうというもの」

「そ、そんなこと許される訳がない」

「ミラ」

「はい」


 いつのまにか、隣に恐ろしいほど端正な顔立ちをした執事が立っていた。彼女は、グズガの前に1枚の洋皮紙を差し出す。


「こ、これは?」

「リデール大臣の印をもらった。『君たちの家族および三族に至るまでの生殺与奪の権限をすべてアシュ=ダールに譲る』と」

「嘘だ……」


 必死に見るが、確かにリデールの署名がされていた。そして、この書類はセザール王国の公式書類として使用されているもので、偽造は不可能だ。


 グズガはセザール王国の官僚なので、絶望なほど、それがわかった。


「彼は優秀な政治家だからね。僕と対峙することよりも、君たち下級役人を差し出す方がコストがかからないと判断したのだろう。いわゆる、超法規的措置というやつだね」

「嘘だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」


 これは、断じて現実じゃない。悪い夢を見ているのだ。何度も何度もグズガは自分に言い聞かせる。


「……呆れたね。この期に及んで、イジメられた子の親にすがろうなんて。本来ならば、彼から八つ裂きにされてもおかしくはないのだよ」

「……っ」

「しかし、教育というのは難しいね。年齢に応じて人に見せていい物と見せてはいけない物がある。君たちの死が、ナルシー君にとって、より大きなものを抱えてしまう可能性だってある。あの子は優しい子だからね」

「……どうか、助けてください。どうか……どうか……」


 グズガは、地面にへばりつきながら、心底願った。


「……そうだね。まあ、君たち自身が『万死に値する』と言っていたから、このようなことを考えた訳だが、僕としてはそこまででもないかなとも思う」

「ほ、本当ですか!?」


 縋るような目をしながら、『当たり前だ』と心でつぶやく。なぜ、少しイジめたくらいでこんな目に合わないといけないのか。そもそもイジメられた側にも責任はあるのだ。


「もちろん、被害者は殺したいほど憎んだだろうが、死刑は少しフェアじゃないとも思う」

「そ、そうですよね。ありがーー」

「だから、奴隷だね」

「……」

「……」


          ・・・


「えっ?」

「君たち家族全員奴隷。これからは、貴族という強者の立場じゃなく、絶対的に虐げられる弱者として生きていく。名案だろう?」

「……っ」


 この男は、狂っていると思った。


 なぜ、自分が奴隷になんかならなければいけないのか。少し息子がイジめただけじゃないか。そんなことぐらいで、なぜ、家族が。


「これは、割と名案だと思っていてね。君たちは、イジメられっ子の気持ちが理解できない残念な思考の持ち主な訳だから、これから人生イジメられっ子になって生きていく。そうすれば、自分たちがどれほど彼女に対して酷いことをしたのか思い知るだろう」

「そんなの無理ですぅ。どうか、ご慈悲をぉ」


 グズガは何度も地面に額をつけて懇願する。


「さっき、慈悲はやったじゃないか。もう、慈悲はないよ」

「そんな……家族ごとなんて、酷すぎる……私たちは、彼女をいじめていないのに。イジメたのは息子たちじゃないですかぁ!?」


 グズガは泣きながら訴える。


「でも、カストロ君は言っていたよ。私が彼らに聞こうとしたら『大人の出る幕じゃないです』って。だから、大人は大人同士……まあ、君たちには残念ながら力がないから、ただ一方的に僕の言うことを聞くだけなんだがね」

「はっ……ぐぅう」


 息子であるからこそ憎く思った。なんで、あんな愚息に足を引っ張られる羽目になるのか。グズガは絶対に息子を殴り殺してやる、と誓った。


「……しかし、君の主張もわからないでもないね。子どもだけの都合で、全てを決められるのは、少しフェアじゃないとも思う」

「ほ、本当ですか?」


 アシュは突然立ち上がり、グルグルグルグル。椅子の周りを回り始める。


 そして。






















「そうだ、ゲームをしよう」

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